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滞仏日記「息子に、出てけ、二度と帰ってくるな、と怒鳴りつけた」 Posted on 2021/06/17 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、今日は失望した一日だった。それは息子に嘘をつかれたからだ。
朝、8時に、水漏れ工事の人が来た。今までの保険屋では埒が明かないというので、大家が新たに頼んだ工事業者が来て、家の水漏れ状態を調べる。
ぼくは眠い目をこすりながら、迎え入れた。
まず、息子の部屋を見るというので、通した。息子はリビングに移動させることにした。
ぼくは工事人がコロナに感染しているといけないので、用心のため、風通しをよくするために、窓をあけようとした。
すると、そこにいつも蚊取り線香を入れるのにつかっている陶器の皿があった。
なんで、こんなところに、と思って覗いたら、シケモク(タバコの吸い殻)が、20本ほどあった。息子はたばこを吸わないので、誰かがここに来たということである。
ぼくが田舎に行っているあいだに、ここに数人の友人らが来た、ということである。
息子の親友の、アレクサンドル、ウイリアム、トマのオタク軍団はたばこを吸わないのをぼくは知っている。
息子の音楽関係の仲間たちか、学校のちょいワル先輩とか、そういう年長の連中だろうと思った。
あのやろう・・・家にパパがいない間、絶対人を呼ぶな、と何度もきつく言い聞かせていたというのに・・・。
 

滞仏日記「息子に、出てけ、二度と帰ってくるな、と怒鳴りつけた」



実は、ほかにも気になることがあった。まさか、とは思っていたけど、シケモクが出てきたので、それらがすべて、符合することになった。
リビングのソファのクッションが全部さかさまに置かれていたのだ。ぼくは絶対にクッションのジッパーが上になるようには置かない。ソファカバーはきちんとソファの中に織り込む。そのソファは広げると大きなソファベッドになる。まさか、誰かが泊まった?
それで、慌てていろいろと調べたら、キッチンのテーブルの上に割り箸の袋が三個、あった。普段、割り箸は使わない。しかも、中華街でもらった赤い布袋の高級割り箸が使われている。そういうおしゃれなものなのだ。それがテーブルの上に、なぜか、置いてあった。
他にも、ゲスト用じゃない方のトイレが汚れていたり、片付けたはずのタオルが散乱していたり、タオルが散乱って、どういうことだ???
グラスの破片が床に転がっていたり・・・パーティでもやったか? そうか、フランスの子供たちの間で流行っている、親がいない時に仲間を集めてやるフェット(パーティ)、それはあり得ると思った。なんたることだ。ぼくは息子を信頼していたのに・・・。
あのやろう!!!!! 許さん。
 

滞仏日記「息子に、出てけ、二度と帰ってくるな、と怒鳴りつけた」



ぼくは工事人が帰った後、ソファで寝転って、携帯を覗き込んでいる息子のところへ行った。
「これはなんだ!」
灰皿を目の前に突きつけてやったのである。
息子が、ぎょえ、というひきつった顔になった。ぎょえ、じゃねーだろ、こら!
昨日、ぼくが家に戻ってきた時に、誰も遊びに来てないだろうな、とぼくは念を押した。誰も来てないよ、あたりまえじゃん、と息子はしゃーしゃーと嘘をついた、ということになる。
嘘をついた。これは何よりも許されることじゃない。
「嘘ついたな?」
「・・・・」
 

滞仏日記「息子に、出てけ、二度と帰ってくるな、と怒鳴りつけた」



「パパは、嘘つく人間が一番嫌いなんだよ。知ってるだろ。嘘つきが一番この世で嫌いなんだって、常日頃言ってきたよな」
「・・・・」
「お前を男手ひとつで育ててきた。お前はそれを嘘で呆気なく裏切るのか? 感謝はないのか? その子たちが感染していたら、パパにうつって死ぬかもしれないだろ」
「・・・・」
「お前はカメラを設置しようとしたら、ぼくを信じらえないのって長い抗議メッセージ送ってきたよな? これはどういうことか、説明しろよ」
「・・・・」
ぼくは息子の首根っこを掴んで、トイレや、風呂場や、割れたグラスや、割り箸の袋を、次々みせて、誰が来たか白状させた。
4人の先輩が家に来た、というのである。断れなかった、というのだが・・・。
「なんで、嘘ついた。もういい。出てけ。帰ってくるな」
これはぼくが小学生の時に、父さんに言われた言葉であった。親の言葉だ。
「ごめんなさい」
「嘘ついたろ?」
「つきました」
「出てけ、辻家には必要ない」
「ごめんなさい」
「パパに平気でうそを付ける人間になったのか? お前は親を何だと思ってる」
ぼくは怒りが収まらず、そこらへんにあったものを蹴とばして、自分の部屋に入った。心臓が痛くて、死にそうだった。嘘は許せない。嘘は絶対にダメだ。
 

滞仏日記「息子に、出てけ、二度と帰ってくるな、と怒鳴りつけた」



夕方、息子がノックをした。
「パパ、ぼくが本当に悪かった。胸が痛いので、殴ってほしい」
「は? 馬鹿やろう。そんなので、信頼は回復できない。もういい。それ以上の嘘は本当についてないだろうな? ルーシーは泊まってないだろうな?」
「それはない。誰も泊まってはないよ。23時前に全員帰ってる」
「もういい。パパはお前をもう信用しない。以上」
「・・・」
ぼくは力任せにドアをしめた。
これはぼくにもきっと責任がある。青春期なので仕方がないという意見もあるかもしれないが、いろいろな意味でぼくはこの子がぼくに平気で嘘をつくことが残念でならなかった。ぼくの怒りを息子がどう受け止めるのか、少し、遠くから見守るしかない。シングルファザーはつらい。
辻家の恥だけど、親として反省をしないとならないので、書かせてもらった。

つづく。
 
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