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退屈日記「パリ・オペラ地区のやたらキャラの濃いうどんやのおやじ登場の巻」 Posted on 2021/06/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今、パリのオペラ地区で四国うどんが大ヒットしている。(正確には100年くらい前から・・・じわじわッと、今、は大ヒット中)
どの店もコロナ前は長い行列が出来ていた。
あの歯ごたえ、コシがフランス人に受けるのだろう。
ラーメンの大ブームを猛追する勢いで、四国うどん業界がにぎわっている。
30年前に、この四国うどんの店「国虎屋」をオペラのサンタンヌ通りに出店した男が四国は高知出身の野本将文氏だ。
ぼくとは20年ほどの付き合いになるけど、不思議な男で、彼の日本語もフランス語も意味がほぼ伝わらない。
あのー、そのー、まー、ま、ええわ、という口癖が続き、会話の9割がこれで終わるので、別れ際に、野本は何を言いたかったんやろ、となる。
20年間、この調子だから、本質的な会話をしたことがない。
たまに、国虎に行くと、彼に代わって饒舌な料理がこの男の言葉の足りなさを埋めてくれる。
フランス人にファンが多い。

退屈日記「パリ・オペラ地区のやたらキャラの濃いうどんやのおやじ登場の巻」



実は野本氏、うどん職人であるのに負けないほどのかなりの腕前を持った写真家なのだけど「写真じゃ食べていけない」とうどんでもうけている。
パリには本格的な蕎麦屋があるのだけど、蕎麦粉を日本から輸入しないとならない。
日本の蕎麦とフランスの蕎麦は根本的に違うからだ。
その点、うどんはどこの小麦粉でもいいようで、地下室で四国風に足でしっかりと踏みつけてこねている。
フランス人はその製造方法など知らないのだろう。
知ったら、腰をぬかすかもしれない、コシだけに・・・。

退屈日記「パリ・オペラ地区のやたらキャラの濃いうどんやのおやじ登場の巻」



ところで国虎屋は今年、30周年を迎えた。
コロナ禍の大変な時期だが、日本の味の伝統の灯は消さない、とますます野本の鼻息は荒い。
最近、高知の姉妹店と連携して、日本の食材をフランスに紹介しはじめた。
たとえば、さぬきうどんのフリーズドライカップ麺とか、豚汁とかだが、これが実にうまい。
日本で作っているので、こちらで買うとちょっと高いのだけど、でも、本格的なこだわりが商品の中にきちんと出ていて、ちゃんと商売しているなぁ、と感心する出来栄えだ。
こだわりぬいているから、あまり売れてはいないだろう。
ぼくが遊びに行くと、期限切れのカップ麺を帰りにお土産でくれる。ぼくは夜食で、うどんをすすりながら、遠い祖国を懐かしんでいる。
その野本が、最近、日本酒のカップ酒を始めた。高知の酒だそうで、
「ひとなり、飲んでみてくれんか」
と渡された。
カップ酒は飲まん、と言ったが、あー、まー、そう言わんで、あー、違うから、とまた、あーうー、が始まったので、試しに一口飲んだら、やっぱり美味い。
「でも、なんでカップ酒?」
「あのー、ええと、あー、うー、それは」
「はよ言え」
「売れるからだ。間違いない」
「マジか?」
「あー、ええと、そうやな、あの、売れる」

退屈日記「パリ・オペラ地区のやたらキャラの濃いうどんやのおやじ登場の巻」



実は前にも最新情報で書いた通り、今、フランスではおにぎりが大ブームなのだ。その仕掛人は実はこの野本将文なのである。
15年くらい前に、彼が日本のおにぎり製造機を買って、フランスに持ち込んだのが、たぶん、ぼくの知る限りはじまりだった。
オペラで爆発的にヒットして、別の経営者のおにぎり専門店もできたし、そこも長蛇の列である。
ついにはコンビニでもおにぎりが販売されるようになった。
ヒットするとだいたい中華街系のビジネスマンがさっと持っていく。
野本のような言葉が達者じゃない男は出遅れるのである。
「ま、ま、ええわ。あれ、あれはあれでしゃーないな、ひとなり」
いつも泰然と構えている。
つまり、この男はカップ酒で勝負をかけるのである。
「ひとなり、日本の良さをな、ま、ま、なんての、あのな、ええと、だから、ほら」
「もうええわ!」


野本将文氏インタビューはこちらから⬇️
https://www.designstoriesinc.com/special/theinterview-nomoto/

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