JINSEI STORIES
霊感日記「ぼくの仕事場の守り神が、スーパームーンの夜に喋りだす」 Posted on 2021/05/27
某月某日、ぼくがダリアと出会ったのは、今から15年くらい前・・・。
エッフェル塔のすぐ袂のアパルトマンで暮らしていた時のことだ。
まだ、息子は2歳とか3歳とかそんな年齢であった。
当時のアパルトマンのすぐ近くに骨董屋があって、おばあさんが経営していた。
ある日、その店の前を通ると、ショーウインドーの中の棚の上にダリアが座っていた。目が合ったというか、おかしな話だけど、
「ねぇ、君、私を買いなさい」
と呼び止められたのだ。
信じなくてもいいけど、これは本当の話しで、実は、ここには書けないもっと凄い話があるのだけど、それはいずれ小説にでもしようか・・・。
ともかく、ぼくが驚いて立ち止まると、ショーウインドーの中に、この子がいた。
ちょうど「月族」の第一巻を母さんの名義で発表した直後のことだったかな。
ぼくはとにかく月に憑りつかれていたので、頭の中は「月への帰還」のことばかり。
だからか、ダリアを見た時、何か青白い光りに射抜かれた。
わ、何だ、この子、と思って、値段も確かめずに衝動的に店に飛び込み、怪しい老女に、
「これ、ほしい」
と言ったのだ。
「あれ、魔法にかけられるよ」
老女はそういうことを言ったのだけど、当時、ぼくはまだフランス語がほとんど話せなかった。だから、老女の言葉はぼくが勝手に想像をした、イメージに過ぎない・・・。
600ユーロもした。
日本円で10万円ほどもする陶器の人形だったけど、でも、迷わなかった。
当時、ダリアは、フランスの古典的な褪せた服を着ていた。
血がついていた、いや、血かどうかわからないけど、黒いしみが付着していたので、知り合いに頼んで新しい服を作ってもらい、着せ替えた。
こういう少女趣味の服にしたのは、そのデザイナーで、ぼくは気に入ってない。
この子にあった服をと思っているうちに、離婚したり、シングルファザーになったり、何度かの引っ越しもあり、申し訳ないことに今日まで着せ替えることが出来ず、放置してきた。
でも、どんなに忙しくても、この子はぼくの仕事場に棲息してきた。
時々、不意にしゃべり出す。
ぼくはこの子を自分の仕事場の本棚の上に置くようになる。
ちょうど、ぼくの背後、真後ろに座る恰好だ。
「君は、これから物凄く苦しい時代に入るけど、負けないでね」
不意に背後で声がしたので、慌てて振り返ると、ダリアがいた。
目が合うことはない。
この子はいつも遠くを見ている。焦点が合わないように作られている。
何度か、視線を辿りたくて、真正面に自分の顔を持って行ったことがある。
だけど、不思議なことに、視線がぶつからないのだ。
頑張ってダリアの正面に入るのだけど、ダリアの目はずっとずれたまま。どんなに視線を合わせようとしても、必ず、ずれる。
明らかな意思がそこにあるのがわかる。
その翌年、離別があり、ダリアの予言通り、ぼくは息子と二人で生きることになった。
それ以降、今日まで、満月の、とくに強い満月の夜に、彼女が喋りだす。
きれいな満月の夜に、不意に思いがけない言葉を呟くことが多い。
「ひとなり、あなたは永遠の命について書かなきゃだめよ」
これは10年くらい前のスーパームーンの夜の一言だった。
ぼくはそれに従い「永遠者」を書いた。
「なぜ、人間に永遠がないのか、突き止めなさい」
この一言は衝撃的だった。あまり具体的なことは喋らないのだけど、こういうちょっと謎めいたことをぼそぼそっと告げる。
「死ぬことを悲しいと思わないで」
と言われたこともある。
「時間というものに支配されている間、あなたは本質を見ることができません」
ぼくの相談相手になってくれたりはしない。
寂しい時の話し相手なんてもってのほかで、かなりのツンデレである。
何かの霊魂が宿っているのだろうとは思うけど、あまり詮索しないことにしている。
不幸になる直前に現れ、今があるのは、もしかしたら、この子の導きがあったからかもしれないし、それ以降、ぼくも息子も、それなりに幸福の日々の中にいるし、彼は順調に成長しているから、それで満足している。
言い忘れていたが、息子にはダリアが見えない。
「だからさ、パパの部屋に人形がいるじゃない、陶製の。あの子がたまに喋るんだ」
「どれのこと?」
「本棚の上の」
「知らない」
いつもこういうので、見て来いよ、と見に行かせたことがあるけど、いないよ、という恐ろしい返事が戻ってきたので、それ以降、追及しないことにした。
ちなみに、うちに出入りしている近所の少年、ニコラ君には見える。
「あの人、怖い」
と騒ぎ、仕事場には近寄らないようになった。
あの怯え方が尋常じゃなかった。
ダリアは子供が嫌いなのかもしれない。
実は、今晩がスーパームーンなのだけど、ぼくは息子が寝た後、ちょっとこの子と語り合ってみようと思っている。
ちなみに、今は本棚の上ではなく、仕事場の暖炉の上に座っている。
そして、窓の方をじっと見ている。何かを秘めている。
言いたいことがある、というのがその横顔からわかるだろう。
今、この子は何かをぼくに伝えたくてしょうがないのだ。
ちなみに、この子は幸せを招くような明るい話題をふったりはしない。今まで一度もそういう話しになったことがない。
どちらかというと、謎めいた一言を残す。ぼくはそれを受け止めて次の満月まで想像を続けることになる。それは哲学の礫のようだ。
さあ、今夜、ダリアはぼくに何を語るのであろう。