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滞仏日記「息子に軽く説教されて、新しい世界が広がった、の巻」 Posted on 2021/04/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子が食事しながら携帯を覗き込み、くすっと微笑んだので、
「どったの?」
と、聞いたら、
「トマから写真届いた。おやじじゃね?」
と見せられた。
まるで映画俳優みたいなスラっと背の高い青年が写っている。マスクとサングラスをしているせいで、顔はわからないけど、トマ、と言われれば、トマ、かな。この年齢の子たちの成長は早い・・・。
「かっこいいじゃん」
「顔、ぜんぜん、わからなくない? へんだよ」
息子の携帯は次々にメッセージが飛び込んでくる。こういう会話をしている間も、ピーン、ピーン、と鳴り続けた。
一方、ぼくの携帯はONにしているけど、めったにメッセージが飛び込んでこない。とくに、土曜日とか日曜日とかは、ほぼ、ゼロ・・・。
「友だち、多いね」
仕方がないので、息子に言った。
「うん、まぁね。友だちは多い方かな」
「いいじゃん。パパなんか今日は一本もメッセージ入らなかった」
息子が(・∀・)ニヤニヤっと笑い、友だちいないね、あいかわらず、と生意気なこと言った。
その通りなので、めげる。( ノД`)シクシク…
月曜日になると、仕事のメールがどさっと入ってくる。だいたいが、原稿の催促とかで、昔はすぐに返事をしていたが、最近、なぜか、すぐ戻せなくなった。
なんでかな? 友だちじゃないし、仕事は楽しくないからかもしれない。
だいたいが、締め切りの催促なので、締め切りを守れば誰も文句はない。でも、仕事のメールに返事をした後、ちょっと寂しくなる。
それは仕事のメールに過ぎないからだ。
「君さ、友だちと何話してるの?」

滞仏日記「息子に軽く説教されて、新しい世界が広がった、の巻」

※冷凍のうなぎを蒸して、うな丼にした。



「何って、どういうこと?」
「何についてそんなに連絡が来るの?」
ピーン、また来た。人気あるなぁ。
息子が笑いだした。
「パパ、友だちと会話するのに、何、話すかとか、主題がないとダメなの?」
「へ?」
凄い回答だった。
「友だちなんだから、なんでもないこと話すんだよ。パパが友だちいないのは、何でもないことを話す相手がいないってことでしょ? 単純に。友だちというものの敷居を自分から高くしている人間なんだよ、パパは昔から」
かっちーーーーん。
いきなりの、かっちーん。グっ、まるでボディブローのように効いてる。
「なんでもないこと、話せる相手いないの? パパ」
「え? ええと、なんでもないことって、どういうこと?」
「なんでもいいんだよ。それは、くだらないことで、くだらないこと言うやつとかパパ気に入らないんでしょ? 敷居高い人間は嫌われるよ」
かっちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
ぐらっと、来た。続けてボディブローだ。
必死に、倒れないように、踏ん張った父ちゃんであった。

滞仏日記「息子に軽く説教されて、新しい世界が広がった、の巻」



「でも、パパ、最近、時々、TikTok見てるでしょ?」
「なんでわかるの?」
「夜になると寝室からTikTokでよく使われる音楽が聞こえてくる。ノーノー、ノーノー、ノーノーノーノーノー! とか」
「あ、面白いからね、見てる。見始めると、とまらなくなって、気が付くと、パパ、一人でクスクス笑ってるんだ。頭使わなくていいから、仕事の疲れとるのに、ちょうどよくてね、えへへ」
「わかるよ。それがなんでもないことなんだよ。でも、そういう真空みたいな時間って人間大事じゃん。そういうのを友だちが持ってきてくれるんじゃないの?」
「あ、そうなんだ」
「パパにも友だちは大勢いるんだけど、その人たちはパパにメッセージ送っていいか、悩んでるんだよ。パパが高そうな場所でふんぞり返ってるから、みんな近づけないんだ。ほんとうはパパともっと話したいマダムとか、同世代のおじさんとか、いるはずだけどね。パパはうっすらと拒否ってる」
えええ、あたってるかも、と思ったら、ノックダウンされそうになった。



ピーン、と通知が来た。もちろん、息子に。
この子は人気があるようだ。
「パパ、いい? 友だちを大切にした方がいいよ。本当に苦しい時には友だちが助けてくれる。いい? 仕事の仲間は、お金は貸してくれても、助けてはくれない。でも、友だちは損得で動かないから、苦しい時にこそ意味のある話しに面倒くさがらずのってくれる」
げ? 涙が出そう。



「いい? 普段はくだらないことを話す人、普段はなんでもないことをバカみたいに話す人たちと心から繋がっていられると、人間、本当に苦しい時に、この連中が味方になって、すっと手を差し伸べてくれるんだ。人間ってそうやって生きていくのがぼくは一番人間らしい生き方だと思う。間違ってる?」
じーーーーーん。感動している。
「パパみたいに夢や目標を抱えて生きることも大事だけど、そういう人のもとには、お金や成功を求めてやってくる野心家が集まってくる。その人たちも笑顔だろうけど、パパはその人たちとくだらないバカ話とかする? なんでもないことで一晩話しする? しないでしょ? そういう人は友だちにはなれない。もちろん、生きていく上で大事な人たちだから、いいと思うけど、ぼくには、たぶん、どうでもいいことにつきあってくれる仲間がたくさんいる。それはある日、パパがぼくに教えてくれたことなんだけど・・・。お前は友だちが財産だ。日本人なのに、フランスで生まれて、この国で生きていく上で友だちが一番の財産になるよって。覚えているかな? ぼくが小さかった頃にそう教えてくれたじゃない。あれから何年も経った。そして、今、数えきれないほどの友だちに囲まれている。この人たちと繋がっていることで、ぼくは苦しみや悲しみや悩みから遠ざかることができている。パパのおかげだ。だから、もう若くないパパにぼくが言いたいのは、くだらない話しを普通にできる友だちをこそ大事にしてほしい、ということだよ。思い当たる人がいたら、やっほーってメッセージを送ったらいいよね。何も気兼ねがいらないんだ。だって、友だちなんだから。みんなも、パパからのメッセージを待っているんだよ、絶対に、・・・」

滞仏日記「息子に軽く説教されて、新しい世界が広がった、の巻」



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