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速報・退屈日記「エッフェル塔、ノートルダム寺院、セーヌ川を独り占めするツアーを企画実現へ」 Posted on 2021/04/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、セーヌ川で遊覧船を運行する会社をかたっぱしからあたり、交渉した結果、ぼくらは一隻のペニッシュ(船)にたどり着いた。
その船の最終下見を、パリ側で配信に携わる予定のカメラマン、音響技師ら数名で行った。
船はセーヌ川の渡し場に停泊していた。
写真では見ていたけど、生で見ると、おおおお、でっかい。
それに、他の船とは大きく違うのは上階がテラス席になっている点だ。すげー。
つまり、屋根がなく、晴れていれば、そこでライブをやることが出来る。
そんな理想的な船があったことにまず、驚いた。
そして、ここで演奏をして、セーヌを一周出来たら、まさに画期的だ。このコロナ禍に!
「おお、すげー。ここでやりたい!!!」
ぼくの第一声である。
カメラを依頼していた光ちゃんも、笑顔。
「すげーっすね。兄さん、実現したら、世界中の観光業界、音楽業界がびっくりしますね」
元アミューズのマコちゃんが、任侠映画のような感じでぼくによりそい、耳打ちした。



マコちゃんはビートロックファン。光くんは、ぼくがソロになった最初の野音のライブにお父さんに連れられて小学生時代に見に来ているという辻史を体現した過去を持つ男。パリでは有名なカメラマンだ。
遅れてきた音響エンジニアのニコ、アシスタントの大ちゃん、コーディネートの、マダム・モーリャック、というメンバーである。
東京はホットスタッフが主催者を継続し、「ぴあ」さんが配信をすることになりそうだ。最終決定は統括の中原氏任せなのだけど、連絡が途切れがちで、まだ一度もZOOM会議も行われていない。大丈夫か、・・・知らないけど、進めるしかない。時間が過ぎていく、時間切れになって時間に負けるのは人間が怠慢だからだ。ぼくはそういう生き方はしない。
だから、船を探し、契約を交わす予定で、ペリンには契約書も持ってきてもらっている。ぼくはどんどん金額の交渉をしはじめている。
「お金ありませーん。でも、借りたーい。ディスカウト、お願いしまーす。まけてくださーーーい」
ともかく、まずは、船の写真をみてもらいたい。これだ! これがぼくが今、どうしても借りたい船、その名も「モンテベロー」

速報・退屈日記「エッフェル塔、ノートルダム寺院、セーヌ川を独り占めするツアーを企画実現へ」



「すげーっす。このモンテベローでライブやれたら、オーチャードを楽しみにしていた皆さんが喜んでくれますね」とマコちゃん。
「おお」とぼく。
「今、観光客誰もセーヌ川周遊なんて出来ないから、もし、モンテベローの上で出来たら、たぶん、今のこの時期、世界で唯一じゃないですか?」と光ちゃん。
「おおー」とぼく。
「ムッシュ・ツジ。素晴らしいです。ここから配信、燃えますね」と二コ。
※日本の観光業界各社の皆さん、苦しくても諦めないでください。必ず父ちゃんこのツアー成功させますので、いつか、一緒に何か面白いことやりましょうよ。by 父ちゃんの独り言。えへへ。
「めるしー、ニコーーー」
「でも、どうやって」と一人冷静なマダム・モーリャック。ボルドー色の眼鏡にはべっ甲のじゃらじゃらがついていて、こわもて、である。
「配信設備には莫大な予算がかかりますよ。誰が出すの?」
「大丈夫。パリは今、5Gが全域をカバーしたので、5Gで音源と映像を日本に飛ばし、ぴあのシステムから観客の皆さんに配信をすることが可能なんです。そのシステムだとそこまで高額じゃなく出来るはず。検証が必要ですけど、出来ると思います」
「おおおおー」とぼく。
音や配信や映像のことをぼくらは船の上で話し合った。
このメンツのいいところは、誰一人、出来ない、とか、不可能、と言わない点なのである。全員が前に向かうことしか口にしない。そういうメンバーを集めた。

速報・退屈日記「エッフェル塔、ノートルダム寺院、セーヌ川を独り占めするツアーを企画実現へ」



速報・退屈日記「エッフェル塔、ノートルダム寺院、セーヌ川を独り占めするツアーを企画実現へ」

行けそうだ、ということになり、ペリンにぼくは、借ります、と宣言してしまった。
「OK、いいわ。船は自由の女神から出発し、エッフェル塔の下を通過、コンコルド広場、オルセー美術館、ポンヌフ橋、シテ島、ノートルダム寺院、サンルイ島、ベルシーでUタウンして、エッフェル塔まで戻る2時間半のコースになりますがいいですね? で、貸し賃だけど・・・」
提示された額が、車が買えるほどの金額だった。
「おおお、たかーいですねぇ。マダム、ぼくら、この船をどうしても借りたーい。でも、予算足りませーん。まけてくださーい。しるぶぷれ」
なぜか、いかがわしい仏語で話す商人、辻仁成であった。自ら交渉をしてしまうところに、辻の本気度がある。※そういう性格なのだ。えへへ。
普通、アーティスト自ら会場と交渉することはないけど、コロナ禍で、日本から誰も来ることが出来ないわけで、今は、ぼくが動くしか実現の方法はない。
でも、ライブがなくなってがっかりされているファンの皆さんに感動を届けたい。
同様に、緊急事態宣言でがっかりされている旅行好きな人に感動を届けたい。
動くことに全然、労苦は感じない。ワクチンを打った腕がちょっと痛いけど、ぜんぜん、やれる。ぼくは負けない。念願のオーチャードは中止になったけど、負けません!!!
「ペリン。ぼくがあなたの船を宣伝しまーす。コロナ禍が終わった後に、日本人客がこの船に殺到するように、半分宣伝だと思ってやってもらえないですか? 半分宣伝だから、値段も半分でおねがいしまーす」
ペリンがぼくの顔をじっと見た。マダム・モーリャックがちゃんとした仏語で通訳をした。怪訝な顔だったペリンに笑みが戻った。
「なるほど」
「ぼくの考えを聞いてくださーい。まず、2時間半のうち、コンサートは一時間、もう一時間はぼくがガイドするセーヌ川の名所みたいな感じになりまーす。クルーズツアー&ライブという二本立ての企画でーす。まだやり方は模索中ですけど、フランスのジャズメンたちと一緒に演奏をし、セーヌ河畔の歴史的風景を一緒に旅するのでーす。世界中のパリファンにも届けることができまーす。最高でーす」
「おお」と光ちゃん、マコちゃん、大ちゃんが唸った。
マダム・モーリャックがそれをペリンとニコに仏語で通訳した。
「おお、ナイス。ムッシュ、それはいいアイデアだね」とニコ。
「わかりました。上司と掛け合います。でも、半額ってのは結構すごくないですか?」
「いいえ、そんなことありませーん。日本人のお客さんがあなたの会社の船が素晴らしいことを知るだけで効果ありまーす。協賛クレジットにあなたの会社のマークを入れさせてもらいまーす。半額の価値以上の効果でまーす。まーす」
どこの営業マンだ、というくらい熱心な辻仁成、もはやアーティストじゃなかった。えへへ。
しかし、日本側から提示されていた予算ではおさまらないのだ。
でも、モンテベローで演奏をしたい。ぼくは必死だった。
「モンテベローでクルーズツアー&ライブ以外考えられませーん。お願いします」
手を合わせて、拝み続けるぼくに、ペリンが呆れたという顔で微笑み、
「ちょっと待って。ボスとかけあってくる」
と言い残して、携帯を握りしめ船首へと離れた。
「おおー」とマコちゃん。
「見て」
ニコがエッフェル塔を振り返り、指さした。
「すげー、ロケーションだ」
「すげー」と大ちゃん。
「辻さん、一枚、記念写真撮りませんか?」
光ちゃんがカメラを取り出した。ぼくは船尾にたち、ポーズを決めた。不意に撮影会がはじまった。自分がそこで歌っている絵が頭の中をよぎっていった。
希望だ。今、ぼくらに必要なのは不可能を可能にかえる希望なのだ!

ペリンが戻ってきた。
「半額にします」
ぼくはペリンが何を言ったか、最初理解できなかった。ニコとマダム・モーリャックが、騒ぎだし、マコちゃん、光ちゃん、大ちゃんも飛び上がった。
「え? なんて言ったの? もう一度言って!」
「半額よ、あなたに負けたわ。どうせ、今は船を借りる人がいないし、あなたにだけ、このセーヌ川を独り占めさせてあげます!」
「やったー」
歴史的な瞬間だった。でも、実は半額でも中原さんが提示した額を超えている。この後、ぼくは東京サイドと予算の交渉をすることになる。でも、これで話が急展開となった。
ぼくはペリンに渡された契約書を受け取ったのである。よっしゃ!

つづく

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※、DS編集部よりのお知らせ。5月30日に予定していた辻仁成、オーチャードホールでのライブが新型コロナの世界的感染拡大により中止となりました。詳細並びに払い戻しのお手続きについては、チケットをお求め頂いた各PG、ホットスタッフホームページ等でご確認をお願いいたします。チケットをお持ちの皆様、ご確認ください。