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滞仏日記「ケンゾーが愛したゴッセ。ぼくがなぜシャンパーニュに溺れるのか?」 Posted on 2021/04/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくがシャンパーニュを好きになったのは、『日々の泡』(L’Écume des jours)という、フランスの作家ボリス・ヴィアンによる1947年の小説を読んだ時の「泡」という概念に震えたからだった。(邦題、うたかたの日々。パリに暮らす若者たちを描いた幻想的な青春小説)
20代の頃、パリでシャンパーニュを飲んで以降、泡のアルコール飲料にはまり、その儚さの虜になる。
シャンパーニュ・グラスの中に注がれたシャンパーニュのどことは言えない場所から、出現しては、立ち上り、消えていく泡の美しさに、まず、魅了され、それを味わった時の舌先のたぶらかされるような感動に、魂をもっていかれた。
それ以降、ぼくはパリに渡るようになり、気が付けば暮らすようになっていた。シャンパーニュ好きが嵩じて、いったい、今日までに何度シャンパーニュ地方を訪れたことだろう。そして、生産者たちがあの一つの泡を作り出すための気力と技術と時間の大きさに笑いと驚きと興奮を覚えるようになった。



高い飲み物なので、贅沢品として、金持ちの酒というレッテルを貼られているけれど、シャンパーニュがなぜ、高いのか、それには理由がある。
名画と同じ、ある種の芸術だからで、一本のシャンパーニュが出来るまでの複雑な工程と時間と独創性と芸術性と労力に勝るアルコールはない、とぼくは思っている。
もちろん、ウイスキーがあるが、モノが違い過ぎて安易に比較できない。
ぼくはウイスキーにも目がないのだけど、その理由については、次回に譲りたい。



コロナで命を奪われたファッションデザイナーのケンゾーさんと飲むとき、彼はいつもGOSSET(ゴッセ)を愛飲していた。
「なんでゴッセなんですか?」
とぼくはケンゾーさんに聞いた。
彼は笑って、華やかな酸味が僕を豊かにする、と言った。
実は、ルイナールが世界最古と思っていたが、ゴッセの方が圧倒的に古かった。

滞仏日記「ケンゾーが愛したゴッセ。ぼくがなぜシャンパーニュに溺れるのか?」



ゴッセ社はシャンパーニュ地方アイ村の市長でもあったピエール・ゴッセが、1584年に設立したシャンパーニュで一番古いメゾンだ。
ゴッセの特徴といえば、ブドウの中に潜む、本来のリンゴ酸を大切に維持している点である。
非常にナチュラルな味わいがバランスよく配列された、永遠の美を表現するシャンパーニュだ。
これはケンゾーの描いたデザインに共通するものがあった。
高田賢三という人はその存在が、もっとも世の中に対してだけど、実に華やかな人物で、しかし、内面は非常に奥ゆかしいアーティストであった。
まさに、彼をシャンパーニュで表すならばゴッセ以外にはないかもしれない。まさにピュアな存在感であふれた人だった。
ぼくがゴッセを飲む時、ケンゾーさんを思い出す。ケンゾーさんはどこの店でも、必ず、このゴッセを注文していた。
永遠の美を追求してこの世界に生きた人にふさわしいシャンパーニュであった。

滞仏日記「ケンゾーが愛したゴッセ。ぼくがなぜシャンパーニュに溺れるのか?」



その点、ぼくが好むシャンパーニュは酸味の少ない、華やかさよりもむしろ、ドライで、絹のような泡の儚さを持つものが多い。
最近のぼくは糖分を一切加えないゼロ・ドサージュのシャンパーニュを好んでいる。
消えていく儚さが人間そのもの、その人間が生み出す詩とか芸術そのものだ。甘味の一切ないシャンパーニュのハートに突き刺さってくるような鋭角な刺激と広がりが、いつか消えてなくなる泡の儚さとリンクしてぼくをとらえて離さなくさせる。
シャンパーニュの製造方法は気が遠くなるほどの細やかな時間と熟練技術のたまものなのである。
シャンパーニュが出来る過程を簡単に説明すると、収穫されたブドウは、木樽(圧縮タンクなど)でアルコール発酵をし、その後、ワインをブレンドさせる。
発酵を助ける酵母と甘いリキュール(糖分)を添加して、瓶詰めすると酵母により瓶内二次発酵が始まり炭酸ガスが発生する。
ここで泡が生まれる。瓶内二次発酵が始まってから長い歳月をかけ、だいたい約2年間、瓶をわずかにわずかに動かしながら、この発酵で生まれた澱を寄せる。
瓶内熟成後、溜まった酵母を取り除き、リキュール入りワインを足し、その後さらに熟成を経て完成となる。
あまりに根気のいる作業工程を通過して、あの美しい泡の瓶内海が完成するのである。その泡は、コルクを抜いた後、わずかな時間で消えてしまう。
その儚い黄金の泡を口腔の海で受け止めることに、シャンパーニュを味わう醍醐味がある。
世界中にスパークリングワインというものがあるが、シャンパーニュを名乗れるのはフランスのシャンパーニュ地方で作られた泡だけなのである。



滞仏日記「ケンゾーが愛したゴッセ。ぼくがなぜシャンパーニュに溺れるのか?」

お知らせ。
さて、本日、4月18日、日本時間の20時からソムリエの杉山明日香氏とこのシャンパーニュについて語り合う会があります。ご興味のある方はぜひ、ご来場ください。

杉山明日香× 辻仁成 「世界最高峰の泡、シャンパーニュの魅力の力」(当日、シャンパーニュを飲みながら受けたい方のための推奨リスト付き)

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*定員になり次第、締め切らせていただきます。
 

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