JINSEI STORIES
退屈日記「インテリアに対するぼくのこだわり、そして人生最大の愉しみ」 Posted on 2021/04/17 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今、ぼくの一番の愉しみは、完成した田舎のアパルトマンの家具とかインテリアについて考えを巡らせることである。
今はまだ電化製品とベッドが入った状態で、家具はほぼ何もない。
買わなければならないのは、ソファ椅子、テーブル、机、食器、絨毯、などだけど、慌てて買いたくない。
それほど広くないアパルトマンなので勢いで買ってしまうと後悔してしまいそうだから、時間をかけて、足で探すのがまずは一番の愉しみであろう。
誰かを招くわけでもない、自分のための空間だからこそ、自分のこだわりを十分に詰め込んだ、特別の空間にしたい。
まず、一つ、ぼくがこだわりぬいて買ったのはこの暖炉だ。一目ぼれした。
機能、ルックス、存在感、どれを一つとっても非の打ち所がない。安全性も確認できたので、一つ買った。
これを前回、一人で5階まで運びあげた。かなり重いのだけど、階段を二往復して車から運んでいるあいだも、ぼくはずっと微笑んでいた。
早く、この暖炉に火をくべたいと思ってしょうがなかった。
かくして、伽藍とした部屋のサロンにこの黒い暖炉がまずは鎮座することになった。
ソファについては悩んでいる。お客さんが来るわけではないので、必要ない。
せいぜい、夏に息子が来るくらいだろうから、寛げる一人掛けソファ、パーソナルチェアが二つもあれば十分であろう。
しかし、だからこそ、このソファ椅子を探すのだけは慎重したい。
腰を落ち着けた瞬間、二度と立ち上がりたくなくなるような椅子じゃないとダメだ。
そこで人生を振り返ることが出来るようなフォルムを持つ椅子じゃないと許さない。
ぼくはそこで本を読み、人生を考察し、時にはそこで眠るのだから・・・。
渡仏したばかりの頃、ぼくはいくつかのソファ椅子を買った。
その一つ、仕事場にあるソファ椅子はぼくのお気に入りで、スイスの職人に依頼した特注だった。
見つけられない場合は、特注ということも考えられるけど、しかし、探すのが楽しいので、ロックダウンが解除されたら、根気強く探すつもりである。
何軒か仲良しの家具屋さんがある。
普段から、暇があると覗いて、油を売ってる店が数軒、・・・。
カーテンとか絨毯も買わないとならない。
絨毯は帝政イラン時代の絨毯がいい。うちの玄関にあるのはその時代の絨毯でもの凄く高かった。一目ぼれで、清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った。
2畳程度の大きさだけど、実に丁寧につくられている。
息子の同級生のエミール君のお父さん(イラン人)の絨毯屋さんで買った。それでも、友達価格にしてくれたのだけど、・・・。
しかし、イランの絨毯は、田舎のアパルトマンにはちょっと贅沢なので、どうしようか、迷っている。床は板なので、それでもいいかな、と思っている。
とにかく、あまり家具を置きたくない。光りがふんだんに入る部屋だから、光の余白を十分に確保したい。一点豪華主義で、こだわりぬいたソファ椅子二つ、それからアンティークの仕事机、出来れば乾いた木のやつ・・・。本棚と小さなテーブルがあれば十分かもしれない。頭の中が、喜んでいる。
ぼくはコーヒーを飲む時間が人生の中でとっても重要なので、どこでコーヒーを飲むか、そして寝る前にどこでウイスキーを舐めるか、こだわりぬきたい。
海に沈む夕陽を見ながら、パリから持ち込んだクラシックギターを思う存分にひくのだ。
そのために、ヤマハのギターを手に入れてしまった。NCX2000FMという最高の相棒を!
誰に憚る必要もない、そこは田舎の屋根裏部屋で、下の階に音が漏れることもめったにない。
ウイスキーを舐めながら、人生に黄昏る。
心地よいひと時を演出する部屋にできればいいね。
それを想像すると、口元が緩む。ギターを練習し、書庫で本を読み、アンティークの机で小説を書く。
お気に入りのベッドで眠り、海の音、カモメの鳴き声、山瀬風の音を聞きながら、孤独を堪能する生活。
その新しい日常を彩る家具を探す日々、・・・。
どこに何を配置するのか、空想する日々。
アンティーク屋で一目ぼれしたランプなどを買って、山道を戻り、屋根裏部屋の窓際に、それをそっと置き、夜にきっとぼくは灯すのだ。
暗い海の遥か彼方を眺めながら、人生を赦すのである。