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滞仏日記「かっちーんの頭痛おやじ、寝込んだ後に待ち受けているもの」 Posted on 2021/04/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨日のつづきだが、恋人と田舎のアパルトマンを使う権利があると主張する息子のせいで、ついに頭痛で寝込んでしまった父ちゃんであった。
ライブがコロナで中止になり、ムキになって毎日10キロ走っていたし、昨日はパリ全域で一日がかりのNHKの撮影をやった上での息子の「恋人と田舎アパルトマンを使わせて」発言で、心労や疲労などが噴出したのである。
実は繊細でかよわい父ちゃんなのだが、こういう時に独り者はつらい。



朝、一本日記を書いたきり、あとはベッドでうずくまっていた。
快晴だというのに、寝室のひだまりを見つめながら、死んだようにぼうっとしていると、昼前、がさごそと玄関あたりが騒がしくなった。
トイレに起きるついでに、覗くと、息子がまたパソコンを解体している。
「お前、まだパソコン会社に連絡してないのか?」
パソコンが壊れたと訴える息子。
まだ二年しか経ってないから買い替えは認めない、とぼく。
修理代は出すから、見積をとりなさい、と言っておいた。
でっかいパソコンをその会社に送り返し、修理が可能か、可能なら見積が来て、ダメだと引き取らないとならない。
平行線のまま日数だけが過ぎていた。
昨日も一昨日も、パソコン会社に電話しろと言っといたが、うん、と言ったきりだった。どうやら、連絡してない様子。
玄関ホールにブルーシートを敷いて、ねじとかビスとか工具とかすごいことになっている。
「出来るわけないだろ? 素人なのに」
返事なし。
かっちーーーーーーーーーーーーん。
あいたた、かっちーん、すると頭が痛くなる。こういう時はおとなしく寝てなきゃ。
「お前のせいでな、パパは頭痛がひどいんだ。冷凍食品が残ってるから、適当に食べとけ」
しーん。返事なし。あいたた・・・寝よ。

滞仏日記「かっちーんの頭痛おやじ、寝込んだ後に待ち受けているもの」



息子が可愛い恋人とぼくの新居のアパルトマンでいちゃいちゃしている夢を見て、目が覚めた。
うわぁーーー、っと跳ね起きて、あいたたた・・・。
夢の中で、かっちーーーん、をしたら、夢なのに、現実の頭も痛いって、ひどくないか?
何か食べなきゃ、と思い、寝室を出たら、息子がまだパソコンととっくみあいをしていた。
「無理だし、そこまで解体しちゃうと、修理してもらえなくならないか?」
しーん。

地球カレッジ



「その会社に電話をして、修理してもらえよ。パパが修理代金を出す。もしも、買った方が安いなら、仕方ない。最後のパソコンということで買ってやる」
その、買ってやる、ではじめて息子がぼくを振り返った。
BTSみたいな髪型、やめれ、と父は思った。
でも、何も言わず、再び、パソコンの解体と修理に戻った、息子。
「一晩、考えたけど、恋人君と田舎のアパルトマンに行く件だけどな。パパがいる時に、二人で遊びに来るのは認めよう。でも、泊まらせるわけにはいかない。お前が就職してパパの手を離れて、自活できるような大人になったら、許可する。それでどうだ? まっとうな意見だろ」
しーん。
「君らがちゃんとしているのはわかってるけど、一応、ルールを作っておこう。まずは大学に行き、勉強をしろ。それが先だ。コロナ禍だったから、最近、何も聞かなかったけど、大学はどうなってるの?」
BTSがこっちをみた。



「大学は、法律かコミュニケーションの大学に挑戦するつもりだよ」
久々、進路についての意見が戻ってきたので、くぐもっていた視界が広がった。彼が口にした学校はかなりレベルの高い大学であった。
「コミュニケーションか」
「うん。弁護士にもなりたいけど、興味が出ているのが、コミュニケーションの仕事なんだ。ただ、マスター終えるまでに5年は最低かかる。法律だとその先もあるから、30歳までは自宅にいることになるかも」
「それまで彼女と田舎にはいけないね」
しーん。
「ま、日本の成人は20歳だから、20歳を過ぎたら、許可を出してもいい。また、いろいろと話し合おう。まずは、大学を目指せ」
「パパ、ぼくが就職につく頃、おじいちゃんになってるね」
小さな、かっちーーーん。いてて、・・・
「もう、老後だね。介護とか必要な年齢じゃない?」
かっちーーーん。あいたた。頭が痛い。かっちーーん、出来ない。
「ぼくが介護してあげるけど、田舎のアパルトマンって、山の上で、しかも階段しかないのに、今更だけど、なんで、あんな物件買ったの?」
「え? 今? あいたたた・・・」
「ここもエレベーターないけど、10年後、70歳でしょ? 上り下りどうすんの? 生活設計とか人生設計とか考えて行動してる?」
かっちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
うわああ、頭いてーーーーーー。
割れる!
「大丈夫? どうしたの?」
「うるさい、黙れ!」
「老後は別に恥ずかしいことじゃないよ。何、怒ってるんだよ。人がせっかく、面倒みてやろうと思ってるのに」
「うるさい、お前の世話にはならない。俺の世話をするから田舎のアパルトマンに彼女と行かせろって魂胆だろ?」
「はぁ?」
あいたた。頭が割れる。ぼくは這うようにして寝室に行き、ベッドに寝転んだ。孤独な老後が待っている。しゅん。



夕方、寝ていたら、ノックの音がした。
「パパ、ご飯だよ」
「ご飯?」
時計を見たら、20時であった。
キッチンに行くと、冷凍食品を温めて作ったと思われるプレートが二人分、並んでいた。
「作ったのか?」
「ああ。困った時はお互い様だから。それより、ちょっと来て」
息子の後にくっついていった。
すると、子供部屋の机の上に、綺麗に元通りになったパソコンがでんと鎮座していた。
「え?」
「直した」
「マジか?」
「パパ、なんでも、お金を払えばいいというものじゃない。人間、やってやれないことはないんだよ。大事なのは諦めないことでしょ?」
ひゃあ、恐れ入りました。しかも、ご飯まで・・・涙。
あ、頭痛が消えてる。

つづく。

滞仏日記「かっちーんの頭痛おやじ、寝込んだ後に待ち受けているもの」

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