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滞仏日記「ニコラに春のおにぎりを教える。息子が兄貴風ふかせたの巻」 Posted on 2021/04/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ニコラのお母さんがクッキーを焼いたので届けるように言われたニコラ君が昼少し前にやってきた。
昨日、「もしかしたら、昼に届け物があるので、ニコラを派遣します」とニコラのお母さんから連絡が入っていた。
ちょうどランチのために焼きあがったばかりの、キッシュ・ロレーヌ、登場したニコラ、その香りを嗅ぎつけた。もちろん、3人で食べるつもりで作ったのだった。
うーん、いい匂い~、と言うので、食うか、と言ったら
「うんうんうん」
となった。
二コラはまだ小学生だ。
ご両親が離婚をして、お父さんちとお母さんちを行ったり来たり。
この子にとって辻家は避難所でもある。
実は、息子、ちょっとニコラが苦手。
というのは息子の部屋にずかずか上がり込んで、居座ったりする。
心優しい17歳児の息子は、出て行け、と言えず、もんもんとしてる。
でも、離婚した親の元を行き来するニコラにどこか幼い日の自分を重ねてるようだ・・・。
パパには厳しい息子だが、ニコラにだけは甘い。
あはは。その困り果てた顔!(^^)!が面白い。

滞仏日記「ニコラに春のおにぎりを教える。息子が兄貴風ふかせたの巻」



うちの息子の大好物のキッシュ。
というか、フランスの子供たちはキッシュ・ロレーヌが大好き。
サクサクしているし、香ばしいし、甘くて、塩加減もちょうどいいし、スナック感覚で食べられるので、ピザに負けないくらいフランスでは人気なのである。
三人でキッシュを食べた。
じゃあ、またね、と言ったら、急に動かなくなった。もちろん、遊んでいきたいのは百も承知の介である。
「遊んでいくか?」
と言ったら、うん、と笑顔に。
お母さんにSMSで「夕方まで預かります」とメッセージを送る。
「いつもすいません。でも、助かります。息子さんに算数の勉強をみてもらいたいのですけど、いいでしょうか? テキストはすぐにメールで送ります」
だんだん、図々しくなるニコラ親子。
息子の困り果てる!(^^)!が愉しみ。
で、実は今朝、NHKのLさんから、以下の依頼メールが届いていた。辻家のどこかにNHKの監視カメラがあるのじゃないか、と思うほどのタイミング・・・。

『辻仁成さま。おはようございます。
とても大切なお願いごとです。
ニコラがパパの事情で辻家に預けられるようなことがあれば、
その時、カメラを回してください。
グリンピースおにぎり、どうですか?
春らしいです。
(中略)
リビングで一緒に作ってもらったり、家のどこかにピクニックシートを敷いて、
ニコラ達とおうちピクニック的に食べても楽しそう!
おにぎりを通した民間外交です😊』
ピクニックシート????? 家の中に? あのね、・・・



たぶん、Lさんは出来る製作プロデューサーさんなのだとは思うけど、こういう依頼メッセージが毎日のように届く。ぼくは笑いながらも、毎回、辟易としている。
やる方の身にもなってほしいものだ。笑。
ついに、先日、爆発をした。こんなのドキュメンタリーじゃありません。だって、自分でカメラ回す段階で予定調和になるのだから、と文句を言ったら、今日のメールの最後に、
『ドキュメンタリー、という言葉の呪縛から少し距離をとり、
多くの人が勇気をもらっている辻さんからの発信。
それを1時間番組にできたら、と思います。
辻さんが、東京にこないと打ち上げが出来ませんが、
コロナの状況が許す時が来たら、マイレージでパリに行きます!
押しかけ打ち上げをさせてください。
サンドバックになりながらも、美味しいお酒が飲みたいです』
押しかけ打ち上げ、わー、それは絶対、かんべんでお願いします🥺。
ニコラのママも図々しいけど、Lさんも相当である。
『 追伸。息子さんの撮影について。
ご自宅で、息子さん撮影の辻さんの映像が必要です。
キッチンは難しいということですので、可能な場所で』
やれやれ。



ということで、NHKBSの番組もあと、ワンシーンくらいで終わるところまできた。
引き受けたことをちょっと後悔しつつも、ロックダウン中の厳しいパリでの楽しい食生活、家族の在り方、近所の人たちとの人間ドラマ、はなんとか、撮れたかもしれない。



「ニコラ、君、おにぎり知ってるか?」
「oui」
「おにぎり、一緒に握りたくない? 変なおじさんが教えてあげるよ。(ぼくはこの辺の子供たちに、ムッシュ・変なおじさん、と呼ばれているのだ)」
「ouiーーーーーーーーー」
どうやら、盛り上がりそうだ。
ということで、キッシュを作っている時に、ここでおにぎりまで撮影しておけば、ぼくはNHKから解放される。
それを息子に撮影させたら、図々しいLさんもさすがにぼくを解放させてくれるだろう、と思い、息子を捕まえ、アルバイトで、と持ち掛けた。笑。
「いいよ」
ぼくはマーシャルの八百屋に走り、さや付きエンドウ豆を大量に買っておいた。
うちの母親から学んだ、辻家の秘伝えんどう豆の春おにぎり、の撮影である。

滞仏日記「ニコラに春のおにぎりを教える。息子が兄貴風ふかせたの巻」



ここから先は見てからのお楽しみだが、一つだけ、ぼくがぐっと来た瞬間があった。
息子くん、ニコラが握った初おにぎりを「かっこいいね」と言ったのだ。
その優しい声は、シングルファザーに育てられることになった幼い自分に向けられているような感じすらあった。
ニコラと同じ年齢の時に彼は親の離婚を経験している。
ニコラをうざいと思いながらも、ニコラには常に優しい息子であった。
うん、それは本当に、こんな時代でありながら、とっても心温まる瞬間でもある。
そこは一瞬だけど、ビデオの中に映されている。ぼくの老後の記念にしたい。
あはは、お楽しみに!
Lさん、ぬか喜びはまだ早いよ、と最後に言っておくぞよ。

滞仏日記「ニコラに春のおにぎりを教える。息子が兄貴風ふかせたの巻」



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