JINSEI STORIES
退屈日記「超前向きに生きた35歳、最後の最後までスーパーポジティブだった彼女」 Posted on 2021/04/05 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、人間というのは、不意に予期せぬ事故や病気に襲われることもある。
それがまだ若いのに、容赦なく、やってくる。
運命なので、逆らえない。
そういう時、人間というのは自分の人生とどう折り合いをつけていくのであろう。
生きているぼくら人間は誰もがいつか訪れる死を免れることが出来ないのだから、この問題は他人事ではないのだ。
テレビなどでも大活躍されていた料理研究家の高木ゑみさんが28日に35歳の若さで旅立たれたというニュース記事を読んだ。
ぼくはお会いしたことがなかったのだけれど、実は間接的にゑみさんのことは聞いていた。
「辻さんのスーパーポジティブ十か条をつねに自分に言い聞かせて頑張っている、がんを患っている友人がいます」
地球カレッジで講師をしてくださったギャラリストのファビアーニ・美樹子さんが高木さんの親友で、お会いした時に、そのようなことを聞かされていた。
でも、ぼくは高木ゑみさんのことを存じ上げていなかったので、もちろん、お顔も活動も仕事のことも知らなかった。
ただ、自分が編んだ十か条を生きる糧にしてくださっている人がいるんだ、と思い、回復を祈っていた。
昨日、デザインストーリーズの編集部スタッフさんから、高木さん訃報の記事を頂いた。
この方ですよ、辻さんのスーパーポジティブ十か条を大切に持って天国に行かれた方です、と教えられ、はじめての対面となった。
料理を生業にしている方だったのだ、と思った。
それで、インスタグラムを覗いてみたら、人工呼吸器をつけているのに、綺麗にメイクされて、必死でファンの方に語り続ける姿が克明に記されていて、驚いた。
亡くなる直前までインスタを更新し続けていたのだという。
その少し前の投稿に、あった、スーパーポジティブ十か条についての投稿が、ぼくがゑみさんの存在に触れた瞬間であった。目がとまった。
どのような過酷な人生がそこにあろうとも、ゑみさんは負けずに、ずっとスーパーポジティブで生きられた。
ぼくも小さなことでくよくよしないで、見習って前を向いて与えられた命を最大限まっとうさせていただきたい、と思った。
高木ゑみさんとはお会いすることができなかったが、今、ぼくの心の中でその35年の人生が灯っている。ご冥福をお祈りいたします。