JINSEI STORIES
リサイクル日記「ブルーマンデーをぶっ飛ばせ。月曜日こそ人生を立て直す最大のチャンス」 Posted on 2022/10/31 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、結論から言うと、ぼくはいつだって月曜日が待ち遠しくてならない。
子供の頃から、今日現在に至るまで、ぼくは月曜日を一度もブルーマンデーなどと思ったことがない。
むしろ、日曜日が嫌いだった。退屈だし、いつも父親が相撲中継をみていたし、物事が動かず停滞していたし、友達にも会えなかったからだ。
大人になった今も、休息日である日曜日は好きじゃない。回遊魚に休みはない。
友達が少ないせいで、土曜と日曜の二日間は誰からも連絡が来なくなる。みんなが休みなので、話し相手がいなくなる。実に週末はつまらない。
ところが月曜になると各方面からメール、だいたい締め切りの催促メールなんだけど、舞い込むので、仕事だとわかっていても嬉しくなる。
月曜日は何かが始まる予感で溢れているし、実際、何かが起こりそうな気配が蠢いている。
いいことも悪いことも、始まりはだいたい月曜と決まっている。
それはスリリングだし、どっちに転ぶか分からない感じも面白い。
なので、月曜日、起きたらまず、コーヒーを淹れて気合いを入れる。
そして、限られたこの時間をどうやって創作に振り分けるか、個人会議を開くのだ。
窓辺のソファー席に腰を下ろし、コーヒーを飲みながら、一人会議をやる。
これが実に有意義で楽しい。
今日の議題は今週一週間の創作目標と達成に向けた方法の模索であった。
ぼくの中にいる、音楽部門、小説部門、映画部門、ウェブ部門の担当のぼくと、ぼくの創作について意見交換会をやるのだ。
司会進行もぼくなので、結構、笑えるけど、月曜日の午前中は今週一週間の自分の週内目標が決まる日だから、おのずと気合いが入る。
「ちょっと電子書籍の制作が遅れている件ですが・・・」
「コンサートに向けての曲順とかアレンジについてですが・・・」
「書きかけのシナリオの構造上の問題についてですけど・・・」
などなど、ああでもないこうでもない、と脳内議論が続く。
これは月曜日じゃないとダメなのだ。ウイークデイの始まりの日に、やはり物事を決めていく方が、気分があがる。
不思議なもので、自分の中で盛り上がらないものは外で盛り上がるはずもない。
まず、自分が面白がらないと誰も面白いとは思わない。鉄則である。
月曜日の朝、どれだけ今週を面白くさせられるかを決めることで、その一週間をリフトアップさせられるということだ。
余裕がある時は「一人インタビュー」というのもやる。
これは何かというと、脳内にいる架空のインタビューアーが自分に向けて、今後の創作のことや、過去作品について質問をし、時にはそれを褒めたたえ、それにこたえるというある種のブレーンストーミングなのである。
「多数の参加者が意見を述べ合うことで多彩なアイデアを集める会議方」のことをブレスト(ブレーンストーミング)と言うが、ぼくはこれを一人でやる。
多重人格者だからこそ出来る特異技だが、その中でもこの「一人インタビュー」はかなり人生を上向きにさせる。
インタビューアーは様々な質問を浴びせるけど、一つルールがあって、批判とか否定はしない。
ひたすら誉める。有効なのは誰も誉めなかったことを過去から引きずりだし、そこを徹底的にディスカッションの舞台に引き上げる手法である。
そうすることで何が生まれるかというと自信が出てくる。
その時に大事な小道具としては過去作品、しかも自信のある作品をさりげなくテーブルの上に並べておいて、そのことを自分に語らせるのである。
人間というのは追い込まれると委縮し可能性を狭めるけど、「一人インタビュー」は、そこを逆に掬い上げそこを開き拡大させることが出来る。
一人インタビューの凄いところは眠っていた自分の可能性を自分で刺激し、引き出すことが出来るという点か。
インタビューされる自分は常にフラットであり、すなおである必要がある。
ぼくは30分くらい、自分の作品のどこが画期的だったかをインタビューアーに向けて語りつくす。そして、高揚する。
ある程度、盛り上がったところで現実が幕を下ろし、ぼくは立ち上がって、机に向かうという寸法である。
暗示にかけるわけだ。
しかし、月曜日の午前中に暗示にかかったぼくは金曜日の夕方くらいまで猛進することが出来るのだから、これはすごい催眠療法じゃないか。
むしろ、気を付けないとならないのは中日、つまり水曜日あたりだ。
月曜日に気合を入れてスタートさせた新しい一週間も中間の水曜日あたりでちょっと減速するからである。
なので、水曜日の夕方にぼくは小さなブレストを収集する。
仕事部屋のソファに座り、
「諸君、月曜日にたてた目標はどのくらい達成されているだろうか?」
と各部門のぼくを締め上げるのだ。
「木曜日と金曜日を乗り越えることができれば、今週はもう満足いくものになる。ここは、辻仁成一丸となって乗り切っていこうじゃないか。新作小説はあと20ページ進めよう。シナリオも出来れば最後まで終わらせよう。ライブのセットリストも今週末には固めて、そろそろ具体的な筋トレ、ボイトレに入ろうじゃないか。何も生みだせない、と非生産的になる必要はない。何も作り出せない時にこそ、表現者は豊かな時代を生きているのだ、という若き日のHitonariの言葉を思い出そう。歌うべきことが無い時こそ、歌うテーマを見つけよう、とECHOES時代のjinseiの教訓を思い出そう。書くべきことがないと悲観するな。そういう時こそ表現者はチャンスを掴んでいると思え。今がその時だ。えいえいおー」