JINSEI STORIES
退屈日記「パリを離れ家を買いたいのだが、とソフィアからアドバイス求められる」 Posted on 2021/03/26 辻 仁成 作家 パリ
友人たちがぼくのところに「新しいアパルトマンはどうか?」と連絡を入れてくる。
ママ友、パパ友たちも感染拡大が続く首都圏での生活にうんざりしているようだ。
その中でトランスジェンダーの友人、ソフィアから奥さんと娘さんと3人(ソフィアはトランスだけど、奥さんは女性で、奥さんのレアは男性が苦手というご夫婦。見た目は女性二人のカップルに見える)で思い切ってパリを離れようと思っているのだけど、と相談を受けたので、ぼくがアパルトマンを買った地域の不動産屋、ジャン・フランソワを紹介した。
みんな、考えることは一緒なのだ。
ソフィアもそうだけど、家を買うことなど眼中にもなかった人たちが田舎への移転を計画しだした、ということだが、ソフィアから電話がかかってきて、
「ひとなり、ジャン・フランソワさんとっても素敵な方だったけど、物件はすべて完売したってよ」
と連絡があった。
これは他の友人たちからも聞いていたので、まさか、とは思ったけど、ぼくがアパルトマンを購入した地域の田舎は現在、物件がない。
ジャン・フランソワ曰く、
「ひとなり、君は本当にラッキーだった。最高のタイミングでの判断だったと思うよ。今は買いたくてもまずこの地域には物件がない。本当に今この地域は物件がゼロなんだよ。君が買った物件も今なら1,5倍で売れると思う」
とのことであった。
それで、パリの不動産屋、マリンヌにも聞いたところ、パリ周辺でも物件は減っている、という返事だった。
パリから一時間くらい離れたイブリン県周辺には探せば高級物件が残っているけど、高騰しているらしい。
友人のジルやブリュノがイブリン県に家を持っているが広大な土地付きの家が多い。
日本でいうと山梨県というイメージでぎりぎり通勤もできる。
政府も企業もオフィスにはいかないように、と通達をしている。
フランスの感染者の約15%がオフィス感染だからだ。この傾向はさらに増えそうだ。
オフィスに出る必要がないなら、安全な田舎に行こうと思うのはどうやら今の時代の普通の考えになった。
昨日、ぼくは三つZOOM会議をやった。今日も二つある。
ぼくはもともとテレワークだから、オフィスにはいかないけど、ZOOMやTEAMでの会議が増えて、ますます都会で生きる意味が失われてきた。
昨日、長年一緒に音楽活動をしているオルガン奏者のジョージから「ぼくの脳細胞はコロナのせいで鬱鬱としており、人間性は終わりつつある」というちょっと不安になるようなSMSが届いた。
彼はゴスペル教会での仕事がメインなのだが、今は集会が出来ないので、仕事もない。政府も飲食業への補償はやるけど、ミュージシャンにまでは頭が回らず、補償も十分ではない。音楽や演劇人は本当に苦しい現実を背負わされている。
「出来れば、山奥で暮らせるなら今すぐ暮らしたいけど、そういう場所には音楽の仕事もないからね。人の集まる場所でしか働けないないぼくらは厳しい。定年まで何とかしのぎ、退職金が出たら移転するよ」ということだった。
パリ中心部で長年レストランをやっていた友人夫妻もボルドーへと移転を決めた。
ボルドーは西部フランスの古都だが、そこから車で一時間くらいの山岳地帯に、彼らは物件を買うのじゃなく、借りた。
300平米もある広大な屋敷の家賃が10万円もしない。
買う物件がないので、彼らは借りたわけだ。なるほど、でも、それはいいアイデアだ。
家賃はパリの半額以下だが、6倍広いアパルトマンで暮らせる、ということだった。
二人は年齢的に60代なので、すでに年金受給者。十分、年金で生活費を賄えるとのことだった。
年金暮らしの人たちはお金のかからない田舎への転居を進めている。
知り合いのステファン(うちによく顔を出していた上の階のアシュバル君のお父さん)はポルトガルの超田舎の廃屋を、家族で修復し、なんと屋敷に造り替えてしまった。
プールまで自分たちで作ったというのだから、驚きである。
手先の器用なフランス人を見習いたい。
スペインや東欧に転居した人も多い。
ぼくが物件を決めた時よりもさらに今は物件の確保が難しくなっている。
日本もきっとそうなるような気がする。
でも過疎地はいっぱいある。
都会は狭いが、ステファンのように、そういう物件を自分らで造り替えて暮らすというのも面白い。
田舎に少し広い家やアパートを持ち、自然と向き合い、太陽の光りを浴びながら、感染におびえず生きる…、この運動はさらに加速すると思われる。