JINSEI STORIES
滞仏日記「罰金を払わされた息子の話しをどこまで信じるか、父ちゃん悶々の巻」 Posted on 2021/03/25 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、なんとか立ち上がり、復活した父ちゃんだった。
朝からガンガン溜まっていた洗濯とか締め切りとか掃除とかをこなした。息子はロックダウンだが学校がある。
今週は午前中がテレワーク(午後、学校に行く)で、来週は午後がテレワーク(午前が学校)になるのだそうだ。そうやって生徒たちの数を調整し、感染しないよう学校側は配慮している。
息子は子供部屋でネット授業に勤しんでいる。父ちゃんは昼食の準備をしながら、あの問題をどうやって確かめるか、で悩んでいた。
あの問題というのは、昨夜に端を発する。
ぼくが寝る準備をしていると、息子の部屋から気になる言葉が聞こえてきた。
普段は素通りするのだが、「罰金をとられた」というフレーズがぼくを引き留めた。
罰金?
立ち止まり、回れ右して、子供部屋に近づき、耳を澄ませた。どうも、息子はガールフレンドにその時のことを語っているようだ。
「本当に、頭にきた、信じてもらえないんだ。で、50ユーロ罰金を払わされた」
50ユーロ? 罰金? なんのことだ?
ガールフレンド君の声が聞こえるが、ぼくが躓いて音をたててしまったがために、息子は警戒し声を潜めた。
息子とそのガールフレンドはひそひそ話しにうつった。
でも、メトロで何かあったようなのだ。
メトロ、罰金、50ユーロという単語がループしている。
50ユーロの罰金というのはただ事ではない。日本円で6500円である。
息子の一月のお小遣いは30ユーロだから、彼にとっては大金だ。
冷蔵庫に羊肉とメルゲーズ・ソーセージがあったので、クスクスを作ることにした。
ちょっと多めに作り、夜はこれに日本のカレー粉を加え、カレーライスにする。
こうすることで一回の料理で一日、うまくいけば翌日の昼まで3色を賄うことが出来る。
主夫の知恵である。えへへ。
今日は午後14時から学校だというので、ランチはゆっくりととることが出来る。その時間を利用して、追及することにした。
「ところで、君は50ユーロの罰金を払った。そのことについて、パパに説明してもらおうか?」
息子が食べ終わるタイミングを見計らって切り出した。顔色が不意に変化した。
「なんで知ってるの?」
ぼくはじっと息子の目を睨みつけた。
立ち聞きしたとは言わず、眉根を探偵みたいに動かして、はぐらかした。
「パパだぞ、わからないわけないだろ。パパは顔が広いんだ。政府や警察にも知り合いはいるし、メトロの人もちょっと知ってる。ちゃんと説明してもらおうか?」
「でも、なんで、分かるの? おかしいじゃない。ぼくは名前も言ってないのに」
「パパに今まで隠し事できたことあるか? 胸に手を当てて考えて見ろ」
息子は小さく嘆息を零した。
「いや、信じて貰えるかわからないけど、彼女と会った帰りにその駅の改札の機械が壊れていて、ほら、改札通る時って切符にスタンプが印刷されるじゃない。それが出来なかったんだ。で、降りる駅で、誰かにとめられて、切符を見せたんだけど、スタンプがないって、怒られた。でも、その駅に連絡すればわかりますからって説明したんだけど、駅の改札が壊れているのは知ってるって言うんだよ」
「は、なんで? じゃあ、なんで罰金とるんだ!?」
「でしょ? そしたら、機械は壊れているけど、その横に、コンポステの機械があったろって、言い出した」
「コンポステ?」
「昔、ぼくが小さかった頃、日本の新幹線とかでも車掌さんが切符切りに来てたよ。あれを自分でやれる機械がこっちにはある。切符を入れて上から押すと、切符に穴が開く」
「ああ。あるね。長距離の列車とかに乗る時に、パパもやったことあるよ。自動切符切り機みたいな。コンポステって言うんだね」
「うん。でも、見えなかったし、分からなかった」
「そういう時は駅員さんに聞かなきゃ」
息子は黙った。
「待てよ。でも、君の彼女の家はパリからかなり遠くなかったっけ?」
「20キロだよ」
「移動制限が10キロだから、20キロは、それこそ、法律違反だぞ。135ユーロの罰金だ」
「パパ、大丈夫だよ。ぼくはちゃんと測ったんだ。ぼくと彼女の家は正確には18キロしか離れてない」
「ダメじゃん。8キロもオーバーしとるがな」
「いや、してないんだよ。その改札機が壊れてた駅はぼくの家から9キロ、彼女の家からも9キロの位置にある。だから、ぼくらはお互い10キロ以内の移動しかしてない」
「はぁ? マジか」
ぼくは驚いた。
「そこの駅のローターリーで3時間くらい話し込んで分かれた。彼女を見送った後、ぼくはパリに戻る近距離鉄道の改札を潜ろうとしたら、壊れていた。これはぼくのせいになるのかな? なんか納得できないだよね」
ちょっと息子が可哀そうになってきた。こいつはパパに嘘はつかなかった。
「いい勉強になったじゃないか」
「ま~ね、でも、ぼくは高校生で、お金がないから、50ユーロはきつい。もう会えないかもしれない」
ぐ、・・・。なんか、可哀想だ。
で、夜ご飯の時、カレーライスを二人でつつきながら、ぼくはティッシュにくるんだ50ユーロをこっそりと息子に手渡したのである。
息子が、なに、と言った。
「いいから、とっとけ。お前が悪くないってのはフランス警察の一番偉い奴に言っといた。だから、いずれパパにお金が返ってくる」
息子はクスクスと笑い出した。しゃれではない。クスクスである。
「パパ、嘘つかないでいいよ。ぼくは17歳だよ。小学生じゃないんだから」
「あちゃー」
ぼくらは笑いあった。いやぁ、クスクス笑えるカレー、超美味かったぁ!
レシピはこちらから⬇️
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-1273/
※こちらが夕飯のクスクスカレーなり。クスクス…。