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滞仏日記「マノンに相談された。差出人不明の謎のチャットに困っている、と」 Posted on 2021/03/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨日の夕方、二コラとマノンはお父さんが迎えにきて帰っていった。
で、今日は朝から不調で家事が手につかず、寝ていたのだけど、マノンに返事を書かないとならない。
実は昨日、帰り際に、相談をもちかけられた。
それがじつに入り組んだ小説のような話しなので、即答できず、明日、返事をすると約束をしたのだ。
朝から、身体と心が不調でベッドから這い出ることが出来ない中、マノンの相談ごとにどう返事をするか、ずっと考えていた。
マノンは中学生で、彼女のクラスは30人、男女、だいたい半々だそうだ。それは先々週のことだけど、
「マノン、こんにちは」
とメッセージが飛び込んできた。フランスの子供たちのあいだで流行っているスナップ・チャットと呼ばれるアプリで、インスタのチャットのような機能らしい。
ところが、送信相手が誰だかわからないのだという。しかも、フォロワーはゼロ。アイコンはなし。名前は「わたし」。

滞仏日記「マノンに相談された。差出人不明の謎のチャットに困っている、と」



「最初は相手にしてなかったのだけど、でも、送られてくる内容は一応チェックしていたの。その人が話すのはクラスの子のことなんだけど、特に、アジア系のハーフの子のことをよく話す。モリーン(仮)という名前。でも、だいたい悪口なの」
「ぜんぜん、誰だかわからないの? 心当たりは?」
「知らない。でも、クラスの子であることは間違いない」
「なんでわかる?」
「たとえば、私が赤いコートを着て行くと、今日のコート、派手で可愛かったって言ってくる。フローランスが着ていたコートと同じメーカーだよね。君たちは仲良しだものねって、言ってくる。クラスの子にしかわからないようなこと」
「なるほど」
ぼくは探偵のような気持ちになった。



「それでムッシュ、最初は無視していたんだけど、だんだん、モリーンへの悪口がひどくなっていくので、我慢できなくなって、あなたはだれよ、とメッセージを返してしまったの」
「そしたら?」
「私はエミリーだっていうのよ。エミリーはモリーンの親友で、もちろん、私もよく知ってる。でも、おかしくないですか? なんでエミリーはわざわざ新しいアイコンやアドレスを作って、こんな面倒なことやるの? 理由は? それで、あなたがエミリーなら写真を送ってよ、と言ったの。そしたら、写真は送れない。私はコンプレックスだらけだからって返ってきた。変でしょ?」
「ちょっと待って、エミリーもモリーンもクラスにいるんだよね?」
「うん」
「じゃあ、まず、エミリーに聞いたらいいんじゃないの?」
「はい、で、この前、昼休みに呼び出して、聞いたの? スナップチャットも見せて、これはあなたなの?って」
「そしたら?」
「驚いた顔で、違うって」



「それで仲良しグループを集めて、みんなにこれを見せて、ここまでのことを話したの。みんなはクラスの女の子がエミリーとモリーンの仲を引き裂きたくてやったのじゃないか、と言い出したけど、私はそうは思わなかった。あまりに嘘がばれるやり方だから。だから、愉快犯のような人間がやってるんじゃないかって、言ったの。そしたら、その中の一人が、確かにこれはちょっと気になる、と言い出して、スペルに間違いが多いことを指摘したの」
「つまり単語の間違いが多いってこと?」
「うん。送られてきたメッセージの中に必ず一つや二つ、スペルミスがあって、フランス人だと絶対に間違わないような・・・。ムッシュよりは仏語が出来るけど」
ぎゃふん。



「で、誰かが、あの子じゃないかって、クラスの男の子の名前を言ったの。その子は外国からやってきた子で、仏語はしゃべるけど友だちがいないの。みんな最初は女の子だと思っていたんだけど、カモフラージュってありえるでしょ?」
「証拠はあるの?」
「ない。でも、みんな疑ってる。メッセージがだんだんエスカレートしているの。で、モリーンがみんなの悪口を言ってると言い出した。それもクラスの子にしかわからないような出来事を例にあげて、モリーンがみんなの陰口を言ってるから気を付けて、みたいなメッセージ」
疑心暗鬼というやつだ。これはほっておくと、問題になるな、と思った。
「ムッシュは、どう思う?」
そこでぼくは一晩考えるから、明日、メッセージを送るよ、と言っておいた。

滞仏日記「マノンに相談された。差出人不明の謎のチャットに困っている、と」



ぼくは体調が悪くて、ちょっと頭がすっきりしなかったけれど、先ほど、ワッツアップで以下のようなメッセージをマノンに送っておいた。
「その外国人の子になり切って、わざと間違えた仏語を書いている可能性もあるからね、その子と決めつけるのは早い。そこは用心した方がいい。本当の犯人は他にいるかもしれない。本当の犯人が何かとんでもないことをしでかす前に、今なら、とめられる可能性があるので、みんなで力を合わせて、この犯人を説得するのがいいと思う。まず、担任に相談をして、先生と一緒に行動をするのもいいだろう。そして、出来れば、ホームルームの時間などに、このことを議題にあげて、クラスの中にいるかもしれない犯人に向けて、みんなで説得する。こういうことは間違えているよ、とメッセージを送るんだ。携帯にはIPアドレスがついているから、警察に届ければすぐにわかるからね、と言ってもいいだろう。でも、追い込むのじゃなく、厳しくだけど、やさしさをもって説得するのがいいと思う。全員で説得する形にした方がいい。君に攻撃が向けられるといけないからだ。その子の中にある良心に訴えかけてみたら、どうだろう?」

滞仏日記「マノンに相談された。差出人不明の謎のチャットに困っている、と」



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