JINSEI STORIES

滞仏日記「ロックダウンだが、一瞬、子供を預かってください、と頼まれる」 Posted on 2021/03/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリは今日からロックダウンだったが、腰砕けのロックダウン、とパリ最新情報でもこき下ろされていたが、さらに、腰砕けなことに、今朝、いきなり警察が「日中の外出に証明書はいらないことにする」と発表した。
うちの息子は歓喜! ぼくは、はぁ? となった。警察の偉い人いわく、
「警察はとっても忙しい、いちいち、外出証明書などみてられない」
ということらしく、笑った。
一応、昨日、政府が作った外出証明書を印字して、理由などを書いて、サインまでしておいたぼくは一人馬鹿を見た。
先が思いやられる、かなりゆるゆるなロックダウンである。

滞仏日記「ロックダウンだが、一瞬、子供を預かってください、と頼まれる」



というのも、10キロならどこまでも歩いたっていいし、日中なら無制限で外出が出来て、その上、外出証明書がいらないのだから、これはロックダウンと言えるのか? 
困り果てたのか、マクロン大統領まで「これはロックダウンとは言わないかもね」と言い出す始末で、窓から外を覗くと、物凄い人出、…。
残念だけど、感染者数は減少しないだろう。

滞仏日記「ロックダウンだが、一瞬、子供を預かってください、と頼まれる」



昼少し前に、ニコラとマノンのお父さんから電話があり、
「ムッシュ、SOSです。ロックダウン中なんですが、母が入院し、どうしても病院に行かないとならなくなり、元妻も昨日からご両親の田舎に介護で出かけていて、本当に申し訳ないのですけど、ニコラとマノンを夕方まで預かってもらえないでしょうか?」
ときた。
携帯にお父さんの名前が浮かんだ瞬間、察しがついた。この人は子供を預ける時だけ連絡をしてくる。現金なパパだこと。笑。
「いいよ。もちろんだよ」
ぼくは自分でいうのもなんだけど、本当にお人好しで、後ろを通りかかった息子に、
「来るの? また? マジで? ロックダウンなのに!?」
と指摘された。※本当は嬉しいのだ。二人きりに飽きているので。笑。
「子供を守るのが大人の仕事だからな、預かることにはみんな寛容なんだよ。我慢しろ、人類愛だ」
と説き伏せておいた。



最近、息子はニコラがうざいみたいなのである。
小さい子は年長のお兄さんが好きで、息子の部屋に入り込んでは大騒ぎをする。
排除できない心優しい息子はやや困り果てている。
これは何? これは何? と音楽の機材を指さしてうるさいらしい。一度、ぼくのところに来て、パパ、あのクソガキ、なんとかしてくれないかな、と泣きつかれたこともある。
あっち行け、と言えない心優しき息子よ、ざまあみろ!



とまれ、
「ムッシュ・ドロール、サリュ」(変なおじさん、やあ)
とニコラが笑顔でやってきた。
マノンは事情を知ってるだけに、申し訳なさそうな顔である。ちょっと目が赤いので、泣いてたのかもしれない。この子はちょっと心がデリケート。
「気にしないで、自分の家だと思ってゆっくりしていきなさい」
そう告げると、二人は勝手知ったるサロン(日本のリビングルーム)のそれぞれお気に入りのソファに陣取り、ゲームとか漫画とか、子供らしくくつろぎ始めた。
辻家は、いい避難所なのである。
簡単なサンドウィッチを食べさせ、放し飼いにした。
あ、そういえば、夜間外出禁止令は18時からだったが、これがロックダウンと同時に、19時になったので、腰砕けのロックダウンの方がみんな自由なのであった。つまり、ニコラのお父さんは18時30分に迎えに来ることになっている。やれやれ。



地球カレッジ

ぼくは5月に大和書房から出る料理エッセイ本の最終チェック、dancyuの原稿、スープ連載の原稿、絵本の翻訳、週刊誌の記事、広告、新作小説の執筆など、ええと、締め切りがてんこ盛りだったけれど、明日やることにして、時間を作った。
こういう時間は大切である。
ずっと放し飼いというのもいけないので、ニコラ君とマノンちゃんにクッキーの作り方を教えることにした。
辻家の定番中の定番お菓子で、DSでも紹介したことのある、ファザーズ・クッキー。
※小さなお子さんがいる皆さん、ぜひ、試してもらいたいのだけど、作り方は「息子のための料理教室」に丁寧に書いてあるからこちらを参照されたし。

⬇️
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-1124/



息子君、このクッキーと共に育った。
いまだに、毎日、これを食べ続けている。
へんなものは一切入ってないし、チョコレートが蕩けてかなりやばい。
なので、市販のクッキーとか食べられなくなる、のだそうだ。えへへ。←自慢!
食堂のテーブルの上に材料を並べて、作った。あ、そういえば、NHKに依頼されているドキュメンタリーの撮影に適しているな、と思ったが、昨日、Lさんと行き違いがたくさんあって、撮影が中断しているのだ。あはは。
今朝も、方向性が決まるまで撮影を休止してください、とメールを頂いたので、せっかくのチャンスだけど、今回はカメラを回さないことにした。※フランスは子供の撮影は親の許可もいるので、どちらにしてもビデオは回せない。
「いいかい、ニコラ、このボウルに溶かしたバターを入れて、そこに砂糖とバニラビーンズを加え、泡立て器で混ぜるんだけど、やってみるか?」
「うん、やるー」
泡だて器が勢い良く回り出すと、目の色が変わったニコラ。泡だて器を拳銃のように構えて、ブインブイン、ふりまわしたから、さぁ、大変。みんな、逃げ出した。
「おい、危ない。違う、そんなことしちゃだめだ。このボウルの中を混ぜるんだよ」

滞仏日記「ロックダウンだが、一瞬、子供を預かってください、と頼まれる」



やれやれ。こんな具合で、2時間くらいかかって、なんとか、クッキーが焼きあがった。
なかなかの出来栄えである。
子供たちは完成したクッキーを見て、歓喜した。
「わおーーーー、すごい」
「おいしそう」
息子もやって来て、どれどれ、と言いながら一枚頬張った。
うーーーーん、相変わらず、出来立ては美味い。
子供たちの手が伸びてきた。
あっという間にクッキーが彼らの胃袋へと消えてしまった。
父ちゃんのファザーズ・クッキー、子供たちを笑顔にする世界一のクッキーなのである。
ぼくはやっぱり子供の笑顔が好きだ。
こういう時代、子供に救われる。
日曜日に、ご家族でぜひ、試してもらいたい。これが幸せの味というものだ!
父ちゃんのクッキーがあれば、みんな、笑顔が戻るよ!

「ムッシュ、ちょっと相談があるんですが…」
とマノンが言った。
「え?」
つづく。

滞仏日記「ロックダウンだが、一瞬、子供を預かってください、と頼まれる」



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