JINSEI STORIES
滞仏日記「息子が彼女のために作った曲がやたら刺さる、ロックダウン前夜」 Posted on 2021/03/18
某月某日、どうやら、パリ首都圏が今週末から「週末ロックダウン」になりそうな気配。
しかも、夜間外出禁止令が17時からになるかも、という厳しい意見さえある。
完全ロックダウンじゃないだけましだけど、息子は、恋人と会えなくなるので、浮かない顔をしている。
ランチを食べに昼少し前に戻ってきた。
「厳しいなぁ」
父ちゃん自慢のプンタレッラのフリット&パスタを食べながら話し合った。
※プンタレッラはイタリア野菜。見た目は油菜のようだけど、中心部に白アスパラのような突起があり、ここをイタリア人はフリットにして食べる。葉っぱもルッコラみたいな苦みがある。ぼくはパスタにする。
「週末ロックダウンで、しかも、17時以降外出できなくなると、完全に彼女と会えないね」
ぼくがちょっと口元を緩めて言ったものだから、嬉しそうだね、と言い返され、慌てて、深刻な顔を作らなければならなかった。
「嬉しいわけないじゃないか、これでまた一月半はロックダウンだろ? つらいよ」
「でも、パパはどうせ引き籠りだし、テレワークだからいいじゃない。買い物も、散歩も、日中行けるし、でも、ぼくらはもう会えないかもしれない」
「多分、明日、発表になるけど、カステックス首相、今回はやるな」
「うん」
「あ、じゃあ、アントワンヌのお母さんに招かれていた昼食会も行けないね」
「そうなれば、そりゃ、そうだよ」
息子が珍しく悲しそうな顔をした。本当に好きなんだろうな、と思うと父ちゃんも自分のことのように切ない。※マジです。
写真を見せて貰ったけど、お人形さんのような可愛い子で、しかも、性格がいいらしい。息子くん、大恋愛中なのである。だいれんあい。ひゃああ、照れる~。
そういえば、時々、ため息を漏らしている。
「実は、先週の日曜日に彼女のご両親に招かれ、みんなで、ランチした」
「えええええ? 初耳~ィ」
「言わなかったっけ?」
「10時間、二人で歩いたって、言ってた」
※詳しくは月曜日の日記を参照されたし。笑。
「ま、いいけど、今言っとくね」
「朝から18時まで10時間も外を彼女とほっつき歩けるわけないな、と思ってたよ」
「最初は外にいたんだけど、寒いから、ごはんを食べにおいで、と連絡があって、お父さんとお母さんと4人でランチ食べた」
「どんな人たち?」
「パパとは違って、とっても進歩的な人たちだよ」
かっちーーーん。
「パパだって進歩的だよ」
「パパは保守的だよ。意外と」
「そうかな」
「ま、いいけど、でも、いい人たちだった」
「どんな家?」
「大きいよ。お屋敷だし、庭が広くて、そうだ、プールもある」
「えええええええええええええ? プ、プールだとォ~」
ぼくは息子の目を睨んだ。
「なに?」
「すまん。うちにはプールがない」
息子が笑った。
「別に、プールなんかほしくないよ」
「うちも招きたいけど、水漏れがいまだ直らなくて、今朝、保険会社の検査人が来たけど、まだ80%も湿度があって、壁を塗り替えられないらしい。ここにはお招き出来ないな。ぼこぼこ穴が開いてるから。お前の部屋は汚いし」
「呼ばないよ。パパには会わせられない」
「え?」
皆さん、これは、かっちーーーーーーーーーーーーん、でいいでしょうか?
「何、独り言言ってんの?」
「かっちーーーーんなんだよ! なんで、パパは会わせて貰えないの???」
息子が笑いながら、パスタを食べ始めた。おい、返事しろよ!!!
「でも、どんな話しを訊かれたの? パパのこと訊かれた?」
「誰も訊かないよ」
ぎゃふん。
「パパさ、どうしていつも主役になりたがるの? パパには関係ないでしょ?」
「だよね。パパが恋愛しているわけじゃないけど、でもさ、お前のことが心配なんだよ」
「何が?」
「だって、お前さ、日本人だし、父親がパパだし、パパはお金持ちじゃないし、プールもなければ、執事もいないし、あれだろ、そこの家、ガレージとかあって、車が2台とかあるんだろ?」
「3台あるけど、関係ないよ。パパは何が言いたいの?」
「海より深く反省~」
「パパ、もういいから。ぼく学校に戻らないとならないからね」
そう言って、息子は食べ終わると学校へと戻って行った。
ぼくは天井を見上げた。最初の水漏れから二年、いまだに壁が剝がれている。
これじゃあ、お嬢さんをお招き出来ないなぁ、とぼくは肩をすくめ、大家に抗議のメールを認めた。
『ボンジュール、大家さん
あなたのせいで、うちの子が肩身の狭い思いをしてます。先方のご両親を恥ずかしくて、呼べません。水漏れから2年も放置して、家賃くらい下げてもいいんじゃないですか? コロナだし、みんな大変なんですよ。ぷんぷん。辻仁成』
ぼくは運動を兼ねて、昼食後、クレール商店街の魚屋まで買い物に出かけた。
雨が降っていたけど、少し濡れて歩いてみたかった。世界はコロナなのに美しかった。
ここのところ、息子に嘘をつかれた、と思い込んでいた。嘘をつかれたかもしれないけど、彼は彼なりに今、恋愛や受験や仲間たちとの関係でいっぱいいっぱいなのである。そのことを理解してやらなきゃ、と思った。
でも、父ちゃんに似て、ハンサムなのが救いだ。えへへ。
写真をお見せ出来ないのが残念だが、いい男になった。肩幅もあり、何より性格が優しい。でも、ちょっと心配なこともある。
可愛い彼女のことを話すと時々、頭を抱えている。彼女に愛されたいのだろうと思う。ぜんぜん、焦る必要なんかないのに、そういうところは、男の子なのだ。
なんとなく、17歳の時の自分を思い出す。
夕飯を作っていると、帰ってきた息子が小型スピーカーを持って、キッチンにやってきた。
「日本語の歌をはじめて作ったんだ。発表する前に、日本語があってるか、パパにチェックしてもらいたい」
「ああ、いいよ」
スピーカーから流れてきたダンサブルなナンバー、力強く、セクシーだ。
最初は仏語かと思ったが、日本語だった。「壁の向こうを見てみたい」と息子のちょっと斜めに発音する日本語が弾けた。
これは愛とコロナをかけているのか、…
日本語の部分は一部だったけど、日本語って切ない響きだなぁ、と思った。
フランス語のクールさと混ざることでこれはめっちゃ新しいかもしれない。
「かっこいいな」
「大丈夫かな?」
「ぜんぜん、刺さるよ。いいんじゃない? あの子に、聴かせたの?」
「まだ」
「きっと気に入ってくれるな」
「そのために作った。しばらく会えなくなりそうだから…」