JINSEI STORIES
滞仏日記「なぜ、息子はぼくに嘘をつくのだろう? 父ちゃんの悩み」 Posted on 2021/03/15 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ぼくの知り合いに、3人の大きなお子さんを持つママ友(一番下の子がうちの子と同じ年。一番上は22歳)がいて、その人がある時ぼくに、
「本当に子どもたちはみんな嘘をつくのよね」
とうんざりした顔でため息をつきながら言ったことがあった。
ぼくは、心の中で、それは育て方に問題があったんじゃないかな、と思った。
というのも、結構、そのママ友は子供らに甘いのだった。
だから、ぼくにとっては、嘘をつかれること自体が他人事だったし、まさかそれが自分の身に起こるなどとは思いもしなかったのだ。
離婚のあと、ぼくは幼い息子に支えられてきたし、正義感の強い子で、いつもぼくの味方だったから、少なくともぼくにだけは嘘をついたりはしない、とどこかで高を括っていたのもある。
で、ぼくが田舎のアパルトマンの様子を見に出かけた不在中に、誰か(ガールフレンドかもしれないけど)をこっそりと家に呼んだことは間違いなさそうである。
「誰か家に来たのか?」
と聞いたら、いいや、と息子はあっさり否定した。
でも、その顔は明らかに嘘をついている。なぜなら、親だから、わかる。
信じてあげてもいいのだけど、あるいは、騙されてあげてもぜんぜんいいのだけど、でも、ふと思ったことがある。
この子はいつからパパに平気で嘘がつけるようになったのだろう、と…。
嘘には明らかな嘘と、事を荒立てないためのごまかす嘘があり、たぶん、息子の嘘は後者であろう。
彼は悪いことはやってない、という意識はあるようだ。
正義感の強い子だし、ガールフレンドが来たにしても、お茶を飲んで話しをした程度だと思う。そもそも男友達かもしれないし、…。
しかし、なぜか息子は嘘ついたのか、である。来たと言えばいいのに、否定した。
多分、彼が嘘をついたのは、
「コロナのこの時期だから、家に友達を呼ぶのはダメだ。もし、その子が無症状感染者だったら、パパが感染することになる。パパは若くないから、死ぬかもしれない。だから、昔みたいに友達を呼ぶのはしばらくNGだからね」
とぼくが口を酸っぱく指導してきたからに違いない。
でも、長引くコロナ。遊ぶところはない。二月で外は寒い。恋人とは、お互いの家で会うしかないのである。
今日も、実は朝の7時半には家を出て、夕方の18時前に戻ってきた。
実に、10時間も外にいたことになる。間違いなくガールフレンドと一緒だったはずで、この寒空の下、10時間も外で会えるはずがない。
多分、今日は彼女の家に招かれ、多分、彼女のご両親はセカンドハウスに出かけて不在だったのだと思う。いいや、問い詰めてはいない。問い詰める力が残ってないのだ。
ただ、思うのは、なぜ、パパに嘘をつくのか、ということ。ただ、胸が痛むのは、そのことだけである。
3人のお子さんを持つママ友に、この辺のことをこっそりと聞いてみた。
「嘘をつくわよ。腹立つけど、自分もそうだった。ひとなりもそうだったでしょ?」
「まぁ、そうだったけど、なんかね、ショックなんだよ」
「わかるけど、慣れるしかないわよ」
「君は平気なの?」
「嘘ばかりつかれてきたから、もう、慣れた。慣れるわよ」
「嘘ばかり…。慣れるのか、なんか寂しいね」
「信じてあげたらいいんじゃない?」
「何を?嘘つかれても?」
「嘘だけど、誰もがつく嘘だと思う。本当に悪いことをしたら、叱るべきだけど、その程度なら、しょうがないと思うけど」
その程度か、…。
二人で夕飯を食べた。
「10時間もどこで何をしていたの?」
「え? 歩いてた」
「彼女と?」
「うん」
「パリが5周くらいできるね」
「パパ、何が言いたいの?」
夕食の後、パソコンを開いたら、監視カメラの広告が出ていた。
多分、ぼくが新居の家具とか建築素材とか電化製品とか次々買っているので、検索にひっかかり、これも買いませんか、という検索広告なのであろう。よくできている。
「新居に泥棒が入るのを遠隔で監視します」
小さな監視カメラで、アプリをつかって遠隔で監視できるようだ。
よくできている商品で、小さなSDカードを入れておくと24時間の記録を保存でき、たったの30ユーロだった。(日本円で、3700円くらい)
二つ買うと60ユーロで、一つおまけ、と書いてあった。
田舎の新居の玄関に一つ、もう一つはサロンに、そして、もう一つはパリのアパルトマンの玄関につけることにした。
下の階にも泥棒が入ったので、用心にこしたことはない。
それから、さきほど、廊下ですれ違った息子に、
「玄関に、泥棒対策で、監視カメラをつけることにしたからね。泥棒多いからさ」
と一応伝えておいた。
息子は唇を尖らせ眉根を釣り上げ、マジか、とつぶやいた。
思った以上の驚き方である。まだ若い、顔に出るタイプである。えへへ。
さて、と( ^ω^)・・・