JINSEI STORIES
滞仏日記「果たして、息子はガールフレンドを自宅に連れ込んだのか!?」 Posted on 2021/03/14 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ということで、ぼくが家を留守にしている間、珍しく息子が「いつ帰ってくるの?」と探りを入れてきたので、何かおかしい、と思って田舎のインテリアデザイナー、ジェロジェロに相談をしたら、「フランスの子供たちは、親がいない間にガールフレンドを自宅に呼ぶんですよ」と教えられ、衝撃を受けた父ちゃん、…は昨日の日記で書いた通り。
フランスではよくあることらしい。
これは、ジェロジェロと別れた後に、友人の不動産屋、ジャンも同じことを言っていた。
「つまりですね、フランスには、恋人たちが愛を囁きあう場所がないんです。日本にはそういうホテルとか施設があるでしょ? なんだっけ、ラブホテル? 映画にもなったので、フランスでも最近、日本を真似たそういう施設が出来つつあるのだけど、基本、こっちにはないから、それに今はコロナだし、親がいない留守の時を狙って、若い子たちは自宅で密会をする。中には親のベッドとかを利用する子たちもいます」
電話でのやりとりだったけれど、ぼくは思わず心臓が止まりかけた。いや、一瞬、止まった、と思う。
うちの子にかぎって。
うちの子にかぎって。
うちの子にかぎって。
そんな、ことするわけがないし、まだ子供もいいところで、親のベッドって、親の!! ジャン、お前何言ってんだぁ!!!
しかし、よく眠れるはずの海沿いのジャンの民宿の心地いベッドだったが、ぼくは一切眠れなくなり、朝方まで悶々としてしまい、窓から暗い海を眺めては鬱々と一晩夜更かししてしまうのだった。
早朝、田舎を出てパリに戻れば、ガールフレンドを連れ込む(失礼、お招きする)前に、それを阻止することが出来る。
しかし、どんなに急いでも、6時に出て、3時間半はかかるので、9時半になる。
などと考えていたら、目覚ましをかけ忘れて明け方寝てしまい、起きたら9時半だった。
あッちゃーーーーーーー。
そこでぼくはお招きを何とか阻止するために、息子にメッセージを送って、若い二人の密会阻止に出たのである。
「もうパリの近くまで帰ってるからねー。今、高速A13を時速130キロで飛ばしているからねー」
しかし、既読にならない。
もしかして、ぼくのベ、ベッドでか! なんたるこっちゃ、ありえない、ありえない、もう、あかん。うわ、大型トラックぅ!!!
トラックにぶつかりそうになり、ハンドルを切ったら、目の前に農家があって、突っ込んだら、鶏たちがぶわーーーっと飛び上がって、目が覚めた。
ああ、二度寝してしまった。へとへとへと…。
こんなところで夢を見ているわけにはいかない、と思い直したが、そこにジャンが食べきれないくらいのパンを持ってやってきた。
「ツジー、美味しいパンを持ってきたぞ」
「食べきれないよ」
「持って帰ればいいよ。ここの美味いんだ。残ったのは、息子とそのガールフレンドに」
「ぬぁにィーーーー」
ということで、NHKのドキュメンタリー用に、ビデオ収録をさせて貰った。
一刻も早く家に戻らないとならないのだけど、インタビューが始まったら、やはり手抜きは出来ない。
彼がなぜ、都会の生活を捨てて田舎に移ったのか、これはとっても面白い話しが収録できたと思う。こんなに大変なのに、なんでNHKのためにここまでやらないとならないのだぁ、と複雑な気持ちになりつつも。でも、お楽しみに。
インタビューが終わり、荷物をまとめて、ぼくが車に飛び乗ったのは昼過ぎのことだった。
朝に送ったメールはまだ既読になってない。
「あのね、言っとくけど、今、家の近くで仕事中だからね、あと5分くらいで戻るからね。わかったか?」
返事なし。
「おーい、昼飯は喰ったかな? パンを貰ったから、持って帰るぞ。もう、近くにいるからな。おとなしく待ってろよー」
返事なし。
何をしてるんだ、お前ったら!!!!
父ちゃんは制限速度いっぱいの130キロでパリを目指したのだった。遠い!!
二度寝した時の事故の夢が正夢にならないよう、安全運転でパリを目指して飛ばしているのだが、頭の中には妄想が渦巻き、…。
で、夕方、4時過ぎに、ぼくはパリに到着した。
車を家の近くにとめて、階段を駆け上がったのである。
ドアの前で、中の様子を探り、周囲を見回してから、泥棒のように、鍵を静かに差し入れ、回したのだけど、なんで、静かに鍵を差し込まないとならないのかも、分からなかった。
普通に入った方がいいんじゃないか?
妻の浮気の現場を取り押さえるわけじゃないので、そもそも、うちの子が、あのまじめでいい子がそんな不良みたいなことをするわけがないし、だよねー、途中で笑い出し、ぼくは意を決し、思い切ってドアを開けたのであーる。
がちゃがちゃ。
「ういーーーっす、父ちゃんだよーーーー」
ぼくだって息子のそういう場所を覗きたくないし、それならそれで、大人として、教えてやらないとならないけど、とりあえずは、堂々としていたいし、腹をくくって、
「帰ったぞーーーー」
と叫んだのだった。
返事なし。
まずは、ぼくの寝室を覗いたけど、ベッドはぼくが出て行った時のままの状態だった。
そりゃあ、そうだろ、ジャン、うちの子を何だと思ってんだ、この馬鹿めが!!!
ぼくは安堵し、とりあえず、息子の部屋に様子を見に行くことになる。電気が消えている。いないようだった。
ほら、ジェロジェロ、ジャン、君たちのような不良フランス人の真似をするようなうちの子じゃないんだ。親の育て方が立派だから、この子は連れ込んだりしない。わかったか、ボケが…。
鼻息き荒く、ぼくは息子の部屋の電気を付けたのだった。
ん?
なんか、変だな。
片付いてる。
年がら年中、汚れっぱなしの部屋が、きれいに片付いているじゃないか。驚き、ぼくは部屋の奥まで飛び込んだ。
机の上に、コップが二つ。
「あゝ」
その横には、いつも買い置きしているワッフルの袋が破られ、蝉の抜け殻のようなビニール袋が二つあった。
「誰か来た」
ぼくは探偵のように、家の中の調査をしたのだった。食堂が片付いている。
テーブルの上を指先で拭ってみた。きれいに布巾などでふかれてあった。
そんなこと、今までしたことないじゃん!!!
「誰か来たな」
その時、がちゃがちゃ、と音がした。
ぼくは思わず、食堂のドアの陰に隠れたのだった。
息子がガールフレンドと戻ってきたかもしれないからだ。
ぼくは壁に手をつき、足を開き、ぴたりと張り付いた。ミスタービーン!
荷物を置いて、手を洗うためにトイレに向かう途中の息子が、食堂の扉の後ろで壁に張り付いているミスターツージーを発見した。
「なにしてんの?」
「一人か?」
「は?」
「誰か連れ込んだろ」
「つれこむ? どういう意味の日本語?」
フランス語に変えて、
「ガールフレンドをパパがいない間にここに招き入れたろって意味だ」
と言ってやった。
「呼んでないよ」
「じゃあ、なんで、部屋がきれいになってる? 食堂が片付いてる?」
「きれいになってる? いつもと変わらないけど」
「嘘つくな。机の上にコップがふたーつ。お菓子食べた後がふたーつ!」
「二つ食べたんだもの。二回、コーラくらい飲むでしょ?」
息子がぼくを無視して、トイレに行き、手を洗い出した。これ以上の尋問は出来なかった。ジェロジェロが言った言葉が脳裏を過ぎっていくのだった。
「17歳、誰もが通る道なんです」
ダメだ。そんなことはさせない。パパは絶対通さない!!!
つづく。
※とりあえず、チョコレート食べて心を落ち着かせ、地球カレッジに備えるだ。