JINSEI STORIES
滞仏日記「息子がガールフレンドを家に連れ込んだら、どうなる? 悶々父ちゃんの巻」 Posted on 2021/03/13 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、最近、眠れるようになった。
それまで導眠剤を飲んでも眠れない、という超不眠症人間だったのに、田舎移住計画が進み、海沿いの田舎町に通い詰めているうちに、人間としての本来のリズムを取り戻せたのか、面白いほどに、眠れるようになった。
導眠剤のせいか携帯の暗証番号が思い出せなくなったり、集中して創作が出来なくなっていたり、このままじゃ、終わる、と思っていた矢先の、安眠時代の訪れ、これは間違いなく、海と山に囲まれた田舎の力によるものである。
で、カメラをもって、今朝、ぼくは新しいアパルトマンの工事の進捗状況をチェックしに車を飛ばしてでかけたのはいいのだけど、昼過ぎ、息子からたくさんのメッセージが飛び込んできた。
「週末いないの?」
ぼくはキッチンに昼ごはんを準備し、「旅に出る父」と置手紙を張り付けて出かけたのだ。彼は午前中の授業終わりで、一度食事に戻る。
その時にメモを見たのであろう。
このメモはここ最近のぼくが田舎に泊まりにいく時の合図であった。冷凍庫や冷蔵庫に食料を詰め込んである。
ところが、普段なら、一切返事をしてこないやつが、
「いつ帰るの?」
「明日?」
と立て続けにメッセージを送り付けてきた。
ん? おかしいな。
昼過ぎ、ぼくは新しいアパルトマンで内装業者兼インテリアデザイナーのジェロジェロと仕事場やキッチンの工事進捗状況の説明を聞いていたのである。
携帯がチンチンなるので、覗くと息子からだ。
「日曜日に帰るのかな?」
かな?
なんだ、この奇妙な違和感…
気になったので、
「まだわからないけど、日曜日の昼に地球カレッジがあるから、それまでには帰るかな」
と戻した。
「日曜日だね?」
「なんで?」
ぼくが首を傾げていると、ジェロジェロが、どうしたんすか、と聞いてきた。
「いや、なんか、息子が変なんだ」
「変? どんなふうに?」
それで、いつもはぼくが家をあけても何も言ってこないのに、いつ帰るのか、とやたら聞いてくるんだ、と説明をした。
すると、ジェロジェロが(・∀・)ニヤニヤっと笑った。
「そりゃあ、ムッシュ、彼女を連れこむんですよ」
不意に心臓がバコバコ飛び出しそうになってしまった。
「ぬぁにーーーーーーーーーーーー。つ、つ、連れ込むだとーーーーーーーーーーー」
ここは日本語で叫んだ。
「息子さん、ガールフレンドいるでしょ?」
ぼくは目が点のまま、動かない。
「間違いないっすね」
「そりゃあ、だめだ。そんなこと許されるわけがない」
「まぁ、でも、フランスで生まれ育った子なら、みんなが通る道すから」
「うちの子にはそういうフランス人のような道は通させない」
ぼくが怒りに震えていったものだから、ドードードー、とジェロジェロがぼくを宥めた。
「ジェロジェロ、ぼくはどうしたらいい?」
ジェロームが肩をすくめてみせた。
「何歳ですか?」
「17歳」
「あー」
とつぶやくなりジェロジェロがほほ笑んだ。
「そりゃあ、通る道です」
「通さない!」
「でも、明日は土曜日です。明日、学校は休み。親はいない。カフェもレストランもあいてない。どこにいきます? ムッシュなら? 」
「はーーーーーーーーー?」
「当然、家にガールフレンドを招きいれるでしょう?」
「ま、ま、なねきいれる???」
「だから、いつ帰るのか、聞いてるんですよ。ぼくも17歳の頃は、そういう青春を送ってました。ムッシュもでしょ?」
「いや、ぼくの両親はセカンドハウスとか持ってなかったから」
「フランスはセカンドハウスが当たり前なので、週末、親は田舎の家に行き、パリに残った若い連中が仲間を呼んでパーティをやって大騒ぎをする、これ、誰もが通る道です。17歳、今でしょ」
「今じゃない!!!!!」
ぼくは田舎に来たことを後悔してしまった。時計を見たら、15時になろうか、という時間である。
今からだと18時までにパリには戻れない。やばい、夜間外出禁止令下である。
警察が出入りを厳しくチェックしているので、つかまってしまう可能性がある。
「帰れない。くそ」
「ムッシュ、悪いこと言わないから、そっとしといてあげましょうよ。息子さんが男になる日かもしれません」
「ぬ、ぬ、ぬぁにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ぼくはそのまま、へたり込んでしまった。認めない、ありえない!!!
ぼくは頭痛持ちなので、頭が割れそうになり、ジェロジェロが頭痛薬を飲ませてくれたのだった。
今日は金曜日だから、夜間外出禁止令なので、息子のガールフレンドが我が家に来ることはない。先方の親御さんも教育熱心な真面目な方だと息子が言っていた。
でも、明日は土曜日だ。二人がうちで密会する可能性は十分に考えられる。明日か!
だとすれば、夜間外出禁止令が終わる、朝の六時にここを出れば、10時には家に戻ることが出来る。戻るか?
しかし、明日、友人のジャンのインタビュー(ジャンもパリを離れる決断をして、こちらに拠点を移した男なのだった)を海辺で撮影する約束になっていたのだ。
ええええい、NHKなんかどうでもいい。BSドキュメンタリーなんか、撮ってる場合じゃないわ!!! 俺はいったい何をしているんだ、こんなところで!!!
しかし、とりあえず、今日は戻れないので、ジャンの宿にチェックインし、少し頭を冷やそう、と思った。
つづく。