JINSEI STORIES

滞仏日記「危険な運転をしている車を注意し、クラクションガンガン鳴らされるの巻」 Posted on 2021/03/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日はマレ地区のチョコレート屋「レトロワ・ショコラ」に日曜日(3/14)の地球カレッジの回線チェックに出かけた。
駐車スペースが無く、ぼくは車に残り、スタッフさんがお店の人とチェックをやった。その戻り道、サンルイ島から左岸の大通りに入るところで、右に行くのか左にいくのかふらふら運転している危ない車があったので注意を促すためにクラクションを一度鳴らした。
その車は交差点の真ん中で立ち往生していた。
ぼくは右折しスタッフらをサンミッシェル駅で降ろそうとしていたら、さっきの車が猛スピードで追いかけてきて、何台も車を抜いて、信号待ちしていたぼくの後ろに、ぶつける勢いでピッタリくっつけて、クラクションをガンガン鳴らしだしたのだ。

滞仏日記「危険な運転をしている車を注意し、クラクションガンガン鳴らされるの巻」



ぼくは即座に、サイドブレーキをひいて、ドアをあけ、その車に突進した。

※そこが公道だったし、仲間もいたし、駅も近く、きちんと状況を把握していたので…、そこが危険な地域だったらやらなかった、と思います。マネはしないでください。

そしたら、運転手が出てきた。黒人の大きな男だった。なんだ、てめー、と悪態をついた。こういうのはひよった方が負けだ。
男はドアの内側に立った。ぼくはちびなので、歩道の縁石に上り、見下ろしてやった。
彼の鼻面まで近づき、「ぼくは日本人だ。あなたの運転は他の人に迷惑がかかる。危険だからクラクションを鳴らしただけだ。何か文句がありますか?」と丁寧に告げた。
相手は不貞腐れた顔をした。
ぼくらは道を塞いで向かい合っていたので、彼の車の背後で車が渋滞した。



ぼくが正論を告げたからか、男は少し驚いたようで、葛藤していた。
還暦オヤジなので、黒人青年と戦って勝てるわけがないが、自分に非がないのに謝ったり、逃げるような日本人でいたくない。
とにかく、ぼくはさらにもう一歩前に出て、ぎゅっと睨みつけてやった。
クラクション男、よく見ると、そんなに変な男じゃないのが、分かった。つまり、彼も自分にブレーキがかけられなかったのである。
少し、後悔しているようだったから、ここはタイミングを逃しちゃだめだ、と思い、手を差し出した。
コロナ禍だけど、こういう場合は、自分が敵じゃないこと、相手を許す気持ちを示すことも大事だ。手は消毒すれば済むけど、相手の逃げ道を奪うと消毒ではすまされない。
すると、男はぼくの手を握った。意外に冷たい手であった。

滞仏日記「危険な運転をしている車を注意し、クラクションガンガン鳴らされるの巻」



なんか、嬉しくなって、いつものように大声で笑った。
「自分の命を大事にしてください。あなたが事故を起こすと悲しむ家族もいるからね」
そう言ってやったのだ、丁寧に。
「日本人か」
「ああ、日本から来た」
ぼくは別れ際、彼の肩を叩いて、「いいか、みんなアイラブユーだ」と売れない探偵小説の探偵のようなことを言うと、そいつ、真っ白な歯を見せつけるようにして、笑い出した。
人類の99%はいいやつなのだ。
「アイラブユー、トゥー」とそいつが言った。これ、マジで。笑。なんか、最近では一番いい瞬間だった。
でも、車に戻って、まず、スタッフさんに、謝った。
「いざという時のためにビデオを回しておきましたが、どうします」と言われたので、「もう大丈夫、消去してください」と言った。
そして、彼らを駅で降ろしてぼくは自宅に戻ることになる。



ぼくは小さいし、童顔だからか、大人しい人と思われがちだけど、こういうルールを守らない不条理な出来事が降りかかると、めっちゃカッとなる。
「YUZU」という七区のレストランで仲間数人で食事をしていた時、泥棒が入って来て、友人のハンドバックを盗んだ。気が付いたら、そいつを走って追いかけていた。ぼくは毎日走っているし、ロッカーだから、泥棒はぴったり叫んで走ってくるちんちくりんの日本人にビビったのであろう。
結局、ハンドバックは奪い返してやった。
店主やフランス人のお客さんに、「仲間がいて刺されることもあるから、気を付けて」と忠告をうけた。
確かに、と後で思ってちょっとドキドキしたけど、反射的にそういう行動に出てしまう性質は父親譲り。
割り込んだ清掃車がうちの息子をひきそうになったので、走っておいかけ、その大型清掃車をとめ、中の大きな3人の作業員と言い合いをして、最終的に謝らせたこともある。
仏語が喋れないので、こういう時は、日本語で怒鳴りつける。フランスであろうと、アメリカであろうと、日本人なのだから、ぼくはまず日本語でまくし立てる。
相手が何を言っても関係ない。
自分が言うべきことをまず母国語で吐き出すのだ。相手が呆気にとられたところで、自分の息子を指さし、「あなたたちは、あの子をはねそうになった」とそこだけ丁寧な仏語で告げればよい。主張しないと、負ける。
泣き寝入りの日本人は結構多い。で、差別されたと言ってる。ぼくは嫌なのだ。人間に高い低いはない。差別されたことにはならない。相手が謝ったのだから。



この20年、こういう出来事が何度かあった。その都度、息子とか知り合いとか近くにいた人に、「もういいよ。やめとこうと、殺されるから」と注意された。
九州の血なんだろうなぁ、と思う。
でも、日本人だから、アジア人だから、何人だから、というので差別されたり、文句を言われたり、ルールを守ってるのに、今回のように猛スピードで追いかけられて、クラクション鳴らされまくって、こそこそ、尻尾撒いて逃げるなんて真似だけは死んでも出来ない。
ただ、どんな不良でも、人間味というのがあるので、今回の彼も、コロナでイライラしていたのだろう。
引き際を作ってやるとだいたい丸く収まる。
若かった頃の自分と違うところは、相手の懐に入ることが出来るようになったことかもしれない。
最後は笑顔で握手ができた。ぼくも日々、成長しているようである。握手をしたのは一年ぶりのことであった。

滞仏日記「危険な運転をしている車を注意し、クラクションガンガン鳴らされるの巻」



自分流×帝京大学

滞仏日記「危険な運転をしている車を注意し、クラクションガンガン鳴らされるの巻」

で、お知らせです。
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