JINSEI STORIES
滞仏日記「久々、恋に暴走する息子にかっちーーーん。ちょっと待て!!!」 Posted on 2021/02/23 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、恋人が出来て、息子が変わった。
大人になったと安心していたのに、ぜんぜん、大人になっていないことに衝撃を受けた一日であった。
ランチの時間、向かい合うぼくと息子。
息子が何か言いたそうな顔をしている。
どうせ、彼女のことだろう、とは予想していたが、この子は昔から子供っぽくない、浮き足立たないところが取り柄だと思っていただけに、何か地に足がついてない感じが、気になる。
17歳の青年が恋をすることはぜんぜん大賛成で、父ちゃんも嬉しい、ということは昨日も一昨日も書いたのだけど、いやぁ、それが、ちょっと、なんか、違うんだよね。
「昨日、向こうのご両親にあったんだよ」
といきなり、ニヤついた顔でぬかしやがった。
この言い方はまるで結婚でもするような口調じゃないか。
「へー、どうだったの?」
「うん、モンマルトルまで彼女を車で送ってきたついでにちょっと立ち話をしたんだ」
「フランス人?」
「お母さんはイギリス人で、お父さんはイタリア人なの」
「おお、なんかインターナショナルだなぁ」
いつになく、饒舌に語る息子、しかし、何かいつもと違う浮き足立った感じを察した父ちゃん、思わず、身構えてしまった。
「パパに紹介してもいいけど、相変わらず、フランス語がね。やばいから」
かっちーーん。
「それに、恰好もいい年して変だし、還暦でロン毛、サラサラだから」
かっちーーん。
「お前な、そのインターナショナルたちは人間を外見で見るような連中なのか?」」
「そんなことはないよ。これはぼくの危惧」
かっちーーーーーーーん。腹立つなぁ。
この時点で、この交際が十中八九うまくいかない、と踏んだ父ちゃんであった。
だって、自然じゃないもん。
振り回されてるのが手に取るようにわかるのだ。
「あの子はとってもシャイなんだ、自分をあまり見せない。でも、インスタで2000人もフォロワーがいて、大勢の友達に囲まれている。デートの時も必ず誰か連れてくるんだ。だから、みんなと仲良くなった」
「よくわからないんだけど、デートにいつも誰かくっついてくるの? 女の子だよね?」
「いいや、男の子だよ。元彼がついてきたこともある。あ、女の子の時もあるけど、男とか女とかあんまり関係ない。シャイなんだよ」
「なんで? それって、君が信用されてないってこと? なんで、君とのデートに第三者を連れてくるの? 意味が分からないなぁ」
「友だちが多いんだよ、仕方ないじゃん」
「その子、スターか? 人気があるのは十分わかったけど。彼氏としてどうなのよ」
「たしかに、人気があるのは面倒で、付きまとう変な子もいる。この間、付きまとうな、と優しく忠告してやった」
へ?
「なんで、お前に言える権利があるの?」
「あるよ、だって、ぼくが彼氏なんだもの。彼女が困っているから、その子に、付きまとうのやめなよって、何がダメか教えてあげたんだ。ストーカーは犯罪でしょ?」
「通じたの?」
「ああ、分かってくれたよ。大人しく帰って行った」
「待ち伏せされてボコボコにやられたりしないだろうな?」
「ないよ。パパ、マンガの見過ぎ。それにぼくはそんなやわじゃない」
ダメだ、これは十中十十、むりだな、と思った。
普段、理論的で冷静だと思っていた我が子が、仕方ないことだとは思うが、恋に奔走されてる姿に、シングルファザーの父としては、ちょっとがっかりしてしまった。
若い頃の自分を思い出し、仕方ないか、と嘆息こぼしたりした。俺だって、そうだったじゃん。
しかし、受験生であることを忘れて、この冬休み中、毎日、朝8時から18時まで遊び歩いていて、いいわけがない。
「しかし、勉強はどうした?」
「やるよ」
「やるよって、冬休みになってすでに1週間、毎日、外をほっつき歩いて、帰ってきたら、音楽やって、仲間とゲームやって、寝る前は彼女と長電話して、勉強する暇ないだろうが!」
「パパ、今はバカンス中だから、学校始まったらやる」
「でも、お前、来春、バカロレアの試験が迫ってる。それなりの大学目指すって宣言したのに、こういうペースじゃ、100%無理だろ」
「大丈夫。恋と両立させるよ。パパは人の心配しないで、自分の老後を考えなよ」
かっちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
「おじいちゃんになって、この勢いでちょっかい出されたら、ぼくも面倒見切れないし。パパこそ、家に引きこもってないで、誰か探したらどうなの? 人生は一度きりだよ」
かっちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
「お前な、話しはぐらかすな。パパはもういいんだよ、打ちあがったんだから」
「ウチアガッタ??」
気まずいランチが終わり、息子が食器を片付けようとしているので、
「勉強をしないなら、遊びに行くのを禁止」
と厳しく言った。
「ハー? ぼくの自由奪うの?」
「勉強するならいいけど、毎日、24時間、恋愛や音楽しかやってない学生に与える自由はない。恋でもなんでもしていいけど、大学に入ってからにしろよ。なんで、今、この一番大切な時期に色ボケしてんだよ」
この部分だけ、日本語で言ってやった。
「なんて言ったの? イロ冒険?」
「とにかく、今日は外出を認めない。勉強!」
「これから会う約束してるんだけど」
「昨日もデートだった」
「今日もデートなんだよ。青春に休みはない! 自分だって、恋愛にうつつをぬかした時期があったでしょ? それを忘れて、ぼくだけ机に括りつけるのは独裁者のやることだ。じゃあ、いってきます」
そう言い残して、息子は今日も出かけて行った。
これはやばいことになった。親の忠告が届かない。必ず、何かが起こる。
なんとかしなきゃ、と父ちゃんは予想外の展開に頭を抱えてうごけなくなった。神様。←今、ココ。
つづく。