JINSEI STORIES
滞仏日記「コロナ・ブルーの子供たちが5人集まり、父ちゃんシェフ大奮闘の巻」 Posted on 2021/02/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、NHKのドキュメンタリーの撮影期間、4月の終わりまで、仕事場として使っている古いアパルトマンに生活の拠点を戻すことになった。
新しいアパルトマンは交渉してみたけど、やっぱり撮影はNG。
修理屋さんに漏電部分を再度チェックしてもらい、安全を確認してから、とりあえず、行ったり来たりの生活に戻すことにした。
最初の水漏れからずいぶんと経ったので、壁の湿度もぐんと減っており、そろそろ業者が壁を修繕に来ることになるかもしれない。
ということで朝から仕事場に息子と荷物を運んで、軽く掃除機をかけていたら、マノンからSMSで「ムッシュ、遊びにいってもいい?」とメッセージが送られてきた。おお!
「冬休みのあいだ中、ニコラが朝から晩までゲームばかりやってるので、心配なの。なんか、閉じこもっていて、危ないんだもの」
とマノンがお母さんのようなことを言った。
「それはよくないね、ちょっと気晴らしにおいで。何か美味しいごはんを作ってあげるから」
偉いなぁ、と思った。
お父さんとお母さんは離婚したばかりで落ち着かない。だから、マノンがニコラのお母さん役を引き受けている。そういうところは姉弟のいいところである。泣ける。
ってか、締め切りに追われているくせに、なんで、自分から忙しくなるようなことを次々入れちゃうのかわからない。トホホの父ちゃんであった。
しかし、子供が好きだから、それ自体が気分転換になる。子供の笑顔は、やっぱり、嬉しいじゃないの~。
ともかく、慌てて、ランチの材料を近所のスーパーに買いに出かけることになった。
すると上の階のレオモールちゃんとローズ=アデルちゃんが預かってくれていたアマゾンの荷物(NHKの撮影用HDと変換プラグ、カメラの充電地など)を届けてくれたので、
「歳の近い子たちが遊びに来るけど、よかったら、ランチにおいで」
と誘ってしまった。←あほでしょうか?
「うん、行く~」
でも、バカンスのこの時期に、パリに残ってる子たちは、暇を持て余している子たちでもある。
しかし、どこにも出られないし、コロナだし、店も全部閉まっているし、やることはゲームしかない。
みんなiPadとにらめっこ・・・。これはよくない。
さて、今日のいきなりの子供ランチ大会、父ちゃんが作るのはドイツが生んだ国民食「カリーブースト」とどこが生んだか分からないけど「スパゲティ・サラダ」である。
これは簡単なので、ぜひ、日本のお母さんたちにも真似して頂きたい。独身のお兄ちゃん、お姉さんもぜひどうぞ。とっても、美味いのだ。
あらびきソーセージを、格子柄に包丁を入れ、サラダ油で炒める。細切りキャベツをニンニクで香り付けしたオリーブオイルで炒める。
味付けは塩胡椒とカレー粉である。
バターロールに、縦に包丁を入れると真ん中に空洞があるのでそこにキャベツを詰め込み、上に焼いたあらびきソーセージを載せ、オーブンで1,2分焼く。
その上に、ケチャップ+カレー粉で作ったソースをかけて、完成。美味いよー。
サラダ・スパゲッティは紫玉ねぎのスライス、キュウリのスライスを塩揉みし、コーン、ツナなどと和え、マヨネーズ、オリーブオイル、砂糖、塩胡椒、タバスコ、マスタード、醤油、ケチャップなどで味付けし、茹で上がったパスタを一度水でしめてから、混ぜ合わせる。
もう一度オリーブオイルを絡めるのがグッ。
なんか、フードトラックのホットドッグ屋さん、みたいになる。
「みんな、美味しい?」
ニコラ、レオモール、ローズ=アデルの3人は笑顔で、うんうんうん、と頷いた。
15歳のマノンと、17歳の息子は気恥ずかしそうに、すましている。
「はい、お替り自由だよ。食べられる人は早めに言ってね~。作るから」
全員、手を挙げた。父ちゃんが相変わらず一番元気であった。
食後、17歳の息子は気恥ずかしいのか真っ先に自分の部屋に逃げかえり、4人が残った。ニコラと上の階のレオモールは年が近いけど、男の子と女の子だから話が弾まない。
マノンとローズ=アデルは女の子同士だから、気が合うみたいで、ギャルズトークがさく裂となった。そこにレオモールも参加したので、ニコラはiPadを抱えて、リビングのソファに移動し、友だちとゲーム回線で繋がり話し始めた。
昔のうちの子を見ているようだった。
ぼくはみんなが食べ終わった食器をキッチンに運び、残った「カリーブースト」を頬張った。それからお皿を洗った。暫くすると、マノンがやって来た。
「あれ、もしかして、あの二人は帰っちゃった?」
「うん」
「そうか、じゃあ、少しずつ仲良くなればいいね」
「連絡先交換したから、大丈夫。あのね、ムッシュ」
「はいはい」
「この間、パパの新しい恋人を紹介されたの」
ぼくは飲みかけていたコーヒーをふき出しそうになった。心の中で、マジか、…。
「それがね、なんか、ぴんとこなかった。恋人とは言わなかったけど、分かるよ。どうしたらいいのか、相談したかった」
「ニコラは知ってるの?」
「あの子はまだ知らない。パパは、私にまず紹介したかったみたい」
「ちょっと早い気もするけど、でも、君の両親は離婚したんだから、その後の人生はパパの自由だよ。認めたくないとは思うけど、パパにはパパの人生があるから」
「それ、簡単に、割り切れないの」
「だよねー」
ぼくはわざとおどけて見せたけど、マノンは笑わなかった。
「マノン、無理しないでいいんだよ。会いたくないなら、そう言えば、多分、君のお父さんが調整するだろう。でも、頭から決めつけなくてもいい。お父さんは、まず、君に、事情を説明したかったのだと思う。少しずつ、時間をかけて、見守っていけばいいんじゃないか? ニコラのことが心配なら、お父さんにはっきり言っとけばいいよ。言えないなら、ぼくがかわりに言ってもいいよ」
「ありがとう、ムッシュ。でも、自分の問題だから、自分でやります。また、相談にのってくださいね」
「オッケー」
ぼくらは、微笑みあった。言葉に出来るなら、まだ、大丈夫だな、と思った。