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滞仏日記「ついに、田舎にアパルトマンを購入した。移住計画開始!」 Posted on 2021/02/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ということで田舎にアパルトマンをなんとか見つけて購入するところまでこぎつけたので、ここに、ご報告したい。
いろいろ悩みに悩んだ挙句の決断だけれど、3月にふたたびロックダウンが起きるかもしれないという噂が広がり、一気に踏み切ったというのが正直なところ。
というか、残念だけれど、ぼくが生きている間に、このコロナは完全終息することはない、と気がついた。
ペストだって70年くらいかかっている。
この現代だけれど、有効な手段は、中世と同じ、ロックダウンなのだから、人類はいまだ感染症を制圧できる完璧な手段を持っていない。
ワクチンはある程度の武器にはなるのは間違いないが、ウイルスも生き抜くためにさらに変異を繰り返すのは間違いなく、終わりのないおっかけっこ、が続くことが予想される。
終息をじっと待ち続けるのは嫌なので、ぼくが変異することに決めたのだ。田舎変異株辻である。



もうあの元の世界には戻れないだろう。
まったく同じような2019年以前の世界は戻ってこない気がする。
元の世界のことはいったん忘れ、新しい価値観、基準で、新しい世界を生きないとならない新しいスタートラインに人類は立った、とぼくは思っている。
いずれにしても、大都市で、流行に左右されながら、これまでの価値観で生き続けることは、もう無理だろう、すくなくとも今の自分には…。
自分の身の丈にあった幸福感をもって、静かに生きたい、と思った。
ロックダウンを二度も経験し、移動するたびに自主隔離が毎回待ち受け、その上、まだまだこれからもロックダウンや、夜間外出禁止令や、緊急事態宣言が繰り返されるのは、シングルファーザーとしてだけではなく、人間としても正直きつい。
それでぼくは生きる世界を変えることにしたのだ。
速度をもって、生きないとならない人種の坩堝から離れ、人の少ない田舎で自然と向き合って、穏やかに、生きていきたいのである。贅沢はできないが、それは望むところかもしれない。
それは、ぼくに今与えられた大事な選択だと思った。※その精神性哲学については拙著「日付変更線」にしっかりと記してあるので、興味ある方は読んでもらいたい。
いつか、人類は自然に戻るべきで、今、このタイミングを逃してはならない、とぼくは自分に言い聞かせた。
都会に慣れすぎたぼくはいっぺんに都会を離れられないので、田舎と都会とを行き来しながら、少しずつ、10年くらいかけて完全に機軸を田舎生活に移す計画でいる。



移住先に関しては、静かに暮らしたいので、明かせないけれど、パリから3,4時間離れた静かな土地である。
アパルトマンは決して広くなく、立派な物件でもないが、ぼくが無理せず買える範囲のもので、ぼくが一人生きていくには十分な広さなのかな。
その土地は田舎なので、光ファイバーなど存在しない。4Gがいまだ最先端の土地で、そこから地球カレッジは無理だから、地球カレッジの時にはパリに戻ることになる。
その上、息子のベッドを置くスペースさえないので、あいつが遊びに来るならば、その時はちょっとふかふかの寝袋で寝てもらう。
もっとも息子は田舎には興味がないので、来るかなぁ。笑。



物件の契約は終わり、工事のスケジュールも出た。
とりあえず、最低限暮らせるような状態に、春半ばくらいまでには整える予定でいる。
その後、夏、秋、冬と時間をかけて、ゆっくり自分の世界をそこに想像していく。特に力を注ぐのは仕事場と図書館(本棚ね、笑)だ!
自分でペンキを塗ることもあるかもしれない、あるいは簡単な家具くらい作るかもしれない、キッチンと仕事場に関して、現在、ぼくは自分のイメージに忠実に、設計中なのである。えへへ。
家具の一つから、壁紙の色まで、すべて自分の好きな世界で固めたい。いいね。
そこは自分の家なので、つまり、帰る場所だ。

滞仏日記「ついに、田舎にアパルトマンを購入した。移住計画開始!」



しかし、この決断は結局、正しい決断になるのじゃないか、と思う。
人類は少し、薄まっていく必要がある。濃さから薄さ、厚みよりも薄さが、拡大より縮小、広大な宇宙より狭いが手の行き届いた世界が必要な時代になるだろう。
頂点へ向けて野心と欲望全開で生きていくのはもう時代遅れになるだろう。
大きな成功を目指すよりも、人知れず小さな幸せをかき集めるような人生をぼくは選択していきたい。
この新しい価値観をぼくは自分の周辺の人たちと共有したい。
大都会よりも田舎が大事な時代に入ったと思う。
パリの人たちは、みんな、同じようにエクソダスを開始した。
人と接近しない、最小限の家族や友人たちだけの世界へとこもり始めている。
出ていく人が増えれば、都会も住みやすくなるので、一か所に集合する時代は終わったのかもしれない。
みんなが危険を回避して、制限下で我慢し続ける人生ではなく、人間性豊かな、新たなルネッサンスへ向けた人生の改革を始めたのだと思うようにしている。
ぼくは、少しのあいだ、都会と田舎を行ききするが、いつか、大きな舵を切る瞬間が来るだろうことを、心から楽しみにしている。



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