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滞仏日記「森を見て木を見ない」 Posted on 2021/02/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、女性国会議員のマチルド・パノさんが議長に呼び出された瞬間、「ヨッ、魚屋ぁ」とヤジったのはフランスの男性国会議員、ピエール・アンリエさんであった。
パノさんは左派の若い議員で、日本だと、蓮舫さんみたいな存在なのかなぁ。
「魚屋」というのはフランスの古い表現で、ようは大きな声で「ぎゃあぎゃあうるさい奴」という意味である。
「魚屋」とヤジが飛んだあと、議会は「女性蔑視か」と騒然となった。
国会は当然、メディアも先週はこの話題一色になったのだけど、国会の議長、リシャール・フェラン氏がアンリエ議員に
「フランス社会にセクシズム(男女差別)の場所はない、共和国の議員がこの手の発言をするのはもってのほかだ」
と強く、即座に批判した。



これを受け、アンリエさんはツイッターなどを通じ国民に謝罪した。
もっとも、この女性議員のパノさん、以前に男性議員たちに攻撃され「男性議員はゴミだ」と発言している。
女性蔑視という問題は一瞬沈静化したのだけど、そのあと、「魚屋は職業蔑視」にあたるのじゃないか、という新しい議論が巻き起こっている。
しかも、時を同じくして、「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」と発言した森会長のニュースと連動する形で、アンリエさんへの批判が続くことになったのだ。
ともかく、こういう問題はフランスでも起こっている。
何も日本だけの出来事ではない。
国会議員は多くの国民を代表する仕事なので、言葉遣いには誰よりも慎重にならないといけない。そういう話しだと思う。
ただ、森さんの発言が世界的な話題を集めた背景には、別の問題が横たわっていた。



今回、森さんの問題の根本にあるのは「このくらいの発言は押し通せるだろう」というこれまでながらの日本的政治家の体質と甘え、それを許してきた日本社会の構造問題であろう。
このような体質は、世界を驚かせるに十分だったということであり、さらに、この問題を世界にあぶり出したのは、実に「差別は認めない」と謳うオリンピック・パラリンピックの精神や憲章だったということに他ならない。
森さんの数々の発言は、大会組織員会会長の発言として、世界に発信された。



森さんを周囲の議員たちが擁護すればするほど、世界はこの問題に強く不快感を示すことになる。
別に世界の顔色など窺う必要も全くないが、オリンピックをやる、やらないということ以前に、この問題の根本が見えない人たちが、その隣でほくそえみ、森さんばかり見続けることへの残念な絵が、世界に配信されたに過ぎない。
森さんが正式に謝罪をしたのなら、オリンピック精神を引率する役目は言葉を丁寧に使う人に早くバトンを渡す方がいいだろう。
森さんは自分の母親と近い年齢なので、日本を率いた一時期の首相でもあり、個人的にはこれ以上、晩節を汚してほしくない。
森さんの取り巻きの若い議員さんらがただへつらっているだけじゃなく、森さんにちゃんと意見をし、森さんをガードできなかったのか、と思った。

世界経済フォーラム(WEF)の調査結果で、ジェンダー不平等ランク、日本は153カ国中131位であった。
この後ろから数えた方が圧倒的に早い順位が正当な数字であるならば、それだけ、日本ではジェンダーに関する不平等な報告がなされているということになる。
日本の後ろには22国しかない。それだけ女性が我慢している社会なのである。
そのことに気づかないぼくらは、どの森を見ているのであろう。

そんな中、昨日、タレントの鈴木沙理奈氏がテレビで「森会長は辞任すべき。周りの人も言えない状況は私のいる世界にも、どの世界にも森さんはいる」と掃かれる覚悟で発言していたが、勇気ある声だと思った。一本のスっと伸びた樹木を見ているようだった。

滞仏日記「森を見て木を見ない」



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