JINSEI STORIES

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」 Posted on 2023/03/12 辻 仁成 作家 パリ

この日記は息子が高校生の頃に、書かれたものである。ママ友たちに、けっこう、苦言を言われていた父ちゃんであった。
でも、読みかえすと、みんなの愛を感じますね。
2021年、2月の日記です。息子君が高校二年生の時の・・・。

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」



「ねー、ヒトナリ。君さ、ちょっと息子君に手を焼き過ぎてない?」
「え? そう、かなー」
「インスタの料理は全部、あの子の胃袋に消えてくんでしょ? どれもレストランみたいじゃない? 日本人なんだから、カップラーメンとか、そういうのにして、たまに手抜きすれば?」
「別に、苦痛じゃないんだもの」
「やだー、あんた、母親みたいね。もしかして、夜食とか作ってるの?」
「あいつ、おやつとか夜食とか間食とかしないんだよね。でも、離婚した直後はさっきのおにぎり弁当のようなBENTOボックスを毎朝作ってたよ」
ブハっとレイラがふきだした。
「やり過ぎ。パンとジャムで十分じゃない? あんな弁当、毎日、作ってたの? あんたバカ? ってか、過保護過ぎる。私なんか、週末は夫の担当だから、らくちん。月曜と水曜はエバの担当だから、実質、火曜、木曜、金曜しか食事作ってないわ。でも、みんなで生きてるんだし、平等だからさ。エバは料理作って、人生の勉強しているの」
「あの、お言葉ですが、ぼくも息子に料理の技術は教えたよ。結構、ちゃんとしたものを作るし、洗濯は全部自分でやらせてるよ」
「トイレ掃除も?」
「トイレ掃除はたまに」
「子供部屋の掃除は?」
「やってる。ただ、ぼくがこっそりやることもある」
「ほら、ぜったい、やってるでしょ? なんだかんだいって、甘やかしてる」
「いいだろ、甘やかしても」

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」

地球カレッジ

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」



不意に、ぼくが声を荒げたので、レイラも大きな声で反論しはじめた。
「でも、それじゃ、大人になって、困るのはあの子だから。あの子のためにならないのよ。ずっとあなたが彼の面倒を見ること出来ないでしょ? 甘やかしているとろくな子にならないわよ」
かっちーーーーーーーーーーーーーん。
「わかってるよ。でも、今、彼は受験生なんだ。大学受験を控えている。来年の春にはバカロレア(フランスの高校卒業試験、ここを通過すると大学生になれる)だ。あとたった一年くらい、勉強に集中させてやりたいんだよ。辛い思いさせたし、片親だから、彼も心細い。ぼくはぼくなりに全力投球してんだよ、ごはんぐらい作ってやったっていいでしょ? 自分でなんでもやるのは大学に入ってからでいいだろ? ぼくが子供の頃、ずっと母親に甘えていたし、母親も受験期間中は夜食作ってくれたり、朝ごはん作ってくれたり、試験の前の日は必ずとんかつだった。(カツで勝つなんだけど、そこの説明は省略)、いろいろと世話を焼いてくれたんだ。感謝しているんだ。それが日本の親子の関係なんだよ」
「日本とかフランスとか関係ないし、だいたい、ちょっと時代錯誤が甚だしいんじゃないの? それは昔の話しでしょ? 日本は今でも過保護がまかり通る世界なの?」
かっちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」



日本を侮辱された気持ちになり、腹が立った。
「とにかく、ぼくはぼくなりに考えて子育てしてんだよ。ぼくらの家庭に文句つける暇があったら、もっと料理勉強して、週末も半分は君が作った方がいいんじゃないか?」
「は? あんた、女性蔑視するの? 日本人は女性差別ばかりね」
かっちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

滞仏リサイクル日記「昔、ママ友に、あなたは息子に甘過ぎる、とよく言われました。今はどうなんだろう」



「あほか。なんでもかんでも、女性蔑視とか決めつけるな。週末全部マーシーが作るのは不公平じゃないかって話しだよ」
「私も働いてるし、3食作ってる」
「でも、週末は昼と夜で4食じゃん。マーシーの方が一食多いでしょ? それは男性蔑視にならないの?」
文章にすると結構荒々しく怒鳴りあっているように読めるかもしれないが、実際はもっとソフトな言い合いだった。時々、レイラは笑っていたし、…。
でも、たぶん、女性蔑視は森元首相のニュースからの脈絡だと思ったので、ちょっとこういう比較をこのタイミングでされて、ちょー悔しかった。
そこに息子が帰ってきた。
キッチンの入り口でマスクを付けて立っている。
「おかえり」
「ただいま。誰?」
「エバのママ」
「あー、階段まで声が聞こえていたよ」
「嘘だ」
「マジ」
「手を洗って、ご飯にするから」
ぼくは携帯に戻り、仏語で、レイラ、息子が帰って来たから、また電話する、ごめんね、言い過ぎた。ぼくは女性蔑視とかしないから、傷ついたよ、と伝えた。
「ヒトナリ、私はあなたの味方だからね」
ぼくらは、びずー(別れの挨拶、仲間同士の)、と言い合って電話を切った。くそ、腹が立つ。ぷんぷん。
冷蔵庫からビールを取り出し、とりあえず、ぐっと飲み干してしまった。
プハ―、父ちゃんだって、生きてるんだよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ということで、そんな息子も今は、大学生になり一人暮らしをスタート、自炊王になっている。へへへ。



自分流×帝京大学