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滞仏日記「不意に、ニコラを預かることになった。息子がうざそうな顔をする」 Posted on 2021/01/31 辻 仁成 作家 パリ

ダイソンの空気清浄機、最高だった、のに、朝、もう動かなくなって、(購入して2日目の朝)、ダイソンに電話したら、「すぐに交換させてもらいます」ということになった。
ダイソンから送られてきた用紙を商品の箱に貼り、郵便局に持って行くと無料で送り返され、後日、新品が届くという段取り。
今回買った空気清浄機は超でかいので、息子と二人で抱えて郵便局まで行くことになる。
「でも、ご安心ください。新品とすぐにチェンジさせてもらいます!!!」
「あのね、一昨日まで新品だったんだけどね。まだ、買ったばかりだし」
「あはは。そうでした。本当にごめんなさい」
「あはは。別にいいよ。だけど、壊れないやつをください。何度も郵便局に行きたくない」
たまたま不良品にあたっただけなのだ、と思うようにして、息子に手伝わせて一番近い郵便局まで出かけた。
ぼくが箱の先端を持ち、息子が後ろを担当。
この姿、あまりにかっこ悪いから、皆さんにはお見せ出来ない。
街角のいつもの浮浪者さんに、あららーーー、ムッシュ~、どうしちゃったのォ~、と笑われた。

滞仏日記「不意に、ニコラを預かることになった。息子がうざそうな顔をする」



郵便局で順番を待っていたら、ニコラのお父さんから電話、…。
どういう話しか、というと、ニコラを預かってもらいたい、という相談。理由は言わなかったけど、個人的な事情で、という。マノンはお母さんといるらしい。
「なんで、元嫁に頼めないの?」
と訊いたら、先週も頼んで喧嘩になった、のだそうだ。なんとなく、事情が分かった。
「親戚の家に預けようと思ったんだけど、ニコラが、だったらムッシュの家がいい、と言い張りまして」
ぼくの勘だけど、ニコラのお父さんは多分、恋人を家に招きたいのだろう。マノンが前に言っていた。家に帰ると、時々、女性の匂いがするのだ、そうだ。
ま、アムールの国、フランスだから、その辺のことは置いといて、( ^ω^)・・・
息子を振り返ると、いいよ、別に、と言った。筒抜けであった。
「もしかして、お泊りが希望ですか?」
「あの、そうしてもらえると、助かります」
ぼくは息子を振り返った。いいよ、別に、と息子がちょっと不服そうに言った。
「わかりました。ただ、明日は、ZOOMを使った大事な仕事があるので、10時半までには必ず迎えに来てもらえます? それでOKなら、面倒みますよ」



ということで、昼少し前にニコラ君がお父さんに連れられてやってきた。
「やあ」
とぼくが言うと、やあ、とニコラが嬉しそうに言った。
まず、ニコラは勝手知ったる風呂場に飛んで行き、手を洗った。よしよし。
とりあえず、サロン(リビングルーム)のソファに布団を載せてベッドみたいにしてあげた。この部屋、自由に使っていいよ、と言い残してから、ぼくはランチの準備のためにキッチンへ向かった…。
息子は、ニコラのこと、嫌いじゃないけど、ちょっとうるさいから、とぼくに耳打ちして、自分の部屋のドアを閉めてしまった。
ニコラはお兄ちゃんの部屋に行きたいけど、入れない。
でも、ニコラはめげない。ニコラはマイペースな子だ。
ぼくはそこが気に入っているけど、17歳の息子には面倒くさい存在なんだろうなぁ、と思う。なんとなく、分かるよ。笑。

滞仏日記「不意に、ニコラを預かることになった。息子がうざそうな顔をする」



地球カレッジ

昼食、3人で、牛肉のナポリタンを食べた。
「ううううーーーー、めっちゃ美味しい!」
ニコラは一口、頬張った瞬間に、大声を張り上げた。あっという間に完食したので、少し残しておいたパスタを追加してあげた。
普段、何を食べているのだろう? 
ニコラのパパもママも料理があまり上手じゃない、と前にマノンが言ってたっけ、…。
「ムッシュ・ドロール(変なおじさんという意味、ぼくのあだ名)の子供になりたいなぁ」
息子の横でいきなりこういうことを言う。
息子はニコラの子供っぽいところが苦手なようで、完全無視、…。
「いいよ、いつでもおいで」
とぼくが言うと、息子が、
「たまに、がいいよ。ぼくは勉強しないとならないからね」
と珍しく冷たいことを言った。
でも、めげないニコラ。
「たまにって、どのくらい?」
「たまには、時々ってことだよ」と息子。
「じゃあ、来週とか?」
ぼくは噴き出しそうになった。
「いや、来月とかね」
「来月って、明後日だから、月曜日だ」
「やれやれ。ごちそうさまでした」
食べ終わった息子は食器を持ってキッチンへと消えた。
「ニコラ、食器はキッチンに自分で持って行くのがうちのルールだよ。できるかな?」
「うん!」
とりあえず、めげない、いい子である。

滞仏日記「不意に、ニコラを預かることになった。息子がうざそうな顔をする」



ぼくは食後、仕事をした。珍しく新聞広告の仕事が入っていて、というか、短い小説を書くだけだけど、それをやっていたら、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
ニコラの声だ。あれ? あの子、携帯持ってないのに、…。
忍び足で覗きに行くと、iPadで友だちとゲーム通信をやっていた。息子が小さかった頃、同じようにゲーム通信でアレクサンドルやウイリアムと遊んでいたことを思い出した。
ってか、今もやってる。笑。
「アレクサーンドル、アレクサ―ンドーーーール、ノーノ―ノー!!!!!」
ゲームが白熱しているのか、ニコラはiPadをハンドルみたいに握りしめて、興奮気味。時代ってぜんぜん、変わらないね。
息子が10歳の時のことを思い出した。離婚した直後のことだ。
こんなに小さかったっけ?
そうだ、めっちゃ小さかった。懐かしい。
そして、ニコラも同じように、アレクサーンドル、アレーーーーックス、と叫んでいた。名前まで一緒で、フラッシュバッーーーーーック!!!
ソファの上でカエルみたいにふんぞり返ってゲームに興じるニコラ。
あれが今、あれだからなぁ、と思った。
10歳のニコラもあと7年もすれば、うちの息子のように青年になるのだ。髭とか生やしているはずだった。
お父さんとお母さんがコロナ離婚をして、今は大変だけれど、ぼくのようなまわりの大人たちが支えてあげればいいのだ、と思った。
誰の子とか関係なく、みんなで、世界中の子供たちを守ってあげよう。



夕方、近所のスーパーまでニコラと買い物に行った。店主のシダリアが、驚いた顔をした。
「あのね、違う違う違う、ぼくの子じゃないよ」
「だよねー」
「だって、どうみても、わかるでしょ? この子、アジア人じゃないし。足、長いし」
他の店員たちが、一斉に笑った。
シダリアに、ちょっとだけ、ニコラの家庭事情を耳打ちした。心優しいシダリアは、コロナが憎いわ、と呟きながら、チュッパチャップスを一つ、ニコラに手渡した。
「メルシー」
ニコラはめげない。この子が泣いたところを見たことがない。うちの子と一緒や!
「ニコラ、夜は何が食べたい? 今日は特別に、君の好きなもの、なんでも作ってやるよ。言ってごらん」
「パスタがいい!!! ムッシュ~、パスタぁ!!!」
ぼくはもう一度、噴き出してしまうのだった。

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