JINSEI STORIES
滞仏日記「夜間外出禁止時間に、米がない、と気がついた父ちゃん。さぁ、どうする?」 Posted on 2021/01/30 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、毎週、金曜日、息子が帰ってくるのは19時近い。
18時から夜間外出禁止のフランスだが、商店は18時まで営業が出来るので働いている人たちや息子のような学生は18時を過ぎてもアテスタシヨン(許可証)などを携帯していれば移動が出来る。(息子は学生証や通信ノートなど)
ところが、夕飯のとんかつの準備をしていた父ちゃん、時計を見たら、18時半だったので、米を研がなきゃと思って米びつをあけたら、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい、無い!
空っぽじゃあ。
慌てて、そこらへん、探し回ったけど、米が無い。
しかし、もう、スーパーはさすがにやってない。
パスタで我慢するか、と棚を開けたら、うおおおおおおおおおおおおおおおおお~い、こういう時に限ってパスタも、無いじゃん!!!
そうこうするうちに息子が帰ってきた。18時46分である。
「大変なことになった」
「どうしたの?」
「今夜、とんかつなんだけど、米がない」
「えええええ! お腹すいた。今日、給食が酷くて、あまり食べてないんだ」
「とんかつだけじゃダメだよね」
「う、…。大丈夫、我慢するよ」
「どのくらい、外、人が歩いてた?」
「え? あ、まだ結構歩いてたけど。会社帰りの人とか。でも、スーパーはやってないよ」
「車のトランクに、もしかしたら、入れたままにしておいた予備の米があるかも」
「かも?」
「一か八か行ってくる」
「いいよ。パパ、捕まっちゃうかもしれないし」
「でも、緊急事態だ。生きるための緊急事態なんだよ」
「パパ、大げさ、…。でも、アテスタシヨン(許可証)は?」
「書く」
「書く?」
ということで、警官に呼び止められた時のために、遊び歩いているわけじゃないことを証明するための証明書を簡単にだけど、手作りで作ってみた。
「生きるために、どうしても、米が必要なんです。子供がお腹を空かせています。ご協力に感謝します。辻仁成」
息子が覗き込んで、それはダメでしょ、と怒られてしまった。
携帯の「アンチ・コヴィッド」アプリに外出項目があるからそこに印を付けといたほうがいいよ、とアドバイスくれた。
アンチ・コヴィッドアプリについては先日の日記で書いた通り、毎日のコロナ情報(感染者数、UCU占有率、陽性率、など)が全て入る凄いアプリで、感染した人との接触情報なども出てくる。
そこにどうしても外出をしないとならない人のための許可証欄があり、住所や連絡先が掲載されている。で、最後に目的を選択するのだけど、3番目に「家族のための緊急事態」という項目があった。これじゃない? と息子に言われ、ポチした。ちなみに、8番目は「ペット」とだけ書かれてあった。ペット、( ^ω^)・・・
この許可証が有効かどうかわからなかったし、車のトランクルームに米が入っているかどうかも、定かではなかったが、父ちゃんは暗闇に紛れたら分からないような黒い恰好(忍者スタイル)で、外出をした。
その時、すでに19時を過ぎていた。
しかし、結構、人が歩いている。噂には聞いていたけど、夜間外出禁止令、守ってない人もいるのかもしれない。
あ、車を警察署の傍に路駐していたことを思い出した。よりによって、難易度が高い。
横断歩道で信号待ちをしていたのはぼくだけじゃなかった。これは大丈夫かもしれない。
結構、大勢の人が、19時を過ぎているのに、歩いている。あ、ペットのおじさんもいる。ペット、いいんだ!? もしかして、夜間外出禁止令、守られてない???
ぼくは路地を曲がった。すると、その時、前方からパトカーが走ってきた。
やばい、気がつくと、そこは狭い路地で、ぼくしかいなかった。
携帯を取り出し、許可証のところを出そうとしたが、パトカーはぼくの前を素通りしていった。一台、二台、三台、仕事を終え警察署に帰還する途中のようだ。
ぼくなんかに、構ってる暇はないのだろう。夕食の時間だし、( ^ω^)・・・。
一枚、撮影してみた。えへへ。
遠くにぼくの車が見えた。
時計を見ると、19時半である。急いで帰らないと、しかし、米があるかどうか、ぼくは小走りになった。
雨が激しく打ち付けてきた。気がつくと、モッズの「激しい雨が」を歌っていた。80年代が懐かしい。こんなに長生きするとは思ってなかったよ。
もうこうなったら、パンクの精神だ。生きるために米が必要なんだぁ!!!
車に到着した父ちゃん、トランクをあけて、あっ、と思わずガッツポーズ。
「ゆめにしき」があった。お腹を空かせた我が子に温かい白ご飯を食べさせてやれる。それは、父親冥利に尽きた。
ぼくは米袋を赤ん坊のように抱きかかえ、頬ずりをしてしまうのだった。
「美味しいか?」
「うん」
「とんかつ、キャベツの千切り、そして白ご飯だ。日本の心だ」
息子がくすっと微笑んだ。
「パパ、いつも、大げさなんだよ」
「でも、君は育ちざかりだし、日本のお米食べたかったろうが」
「まあね」
「じゃあ、感謝しろよ、あやうくパトカーに連行されそうになったんだぞ」
「嘘だぁ」
えへへ。ばれてる、( ^ω^)・・・
「でも、ありがとう。おかわりしてもいい?」
「もちろん、喰え!」
息子が立ち上がり、キッチンへと消えた。
在仏19年、ずいぶんと遠くへ来てしまったものである。
そして、コロナ禍という大変な時代に二人暮らしである。
でも、こうやって白米を噛みしめると、生きてる気力が湧いてくる。
きっと、いつか、人類はコロナに勝つ時が来ると思う。それはすぐではないけれど、必ず、またみんなで笑顔で食事が出来る時が来るに決まっている。
ぼくはそれまで、こうやって、毎日毎日を切に生きて行くつもりだ。
生きるために、そうだ、毎日が緊急事態なのである。
※ とんかつの白ご飯には、ゆかり、かおり、うめこ、だよね。ひろし、も出たらしいから、いつか試したい!!! 広島出身らしい。で、ひろし。笑。三島食品さん、最高っす。