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滞仏日記「バイデンのアメリカ。なぜ、ファーストレディたちは紫の服を着たのか」 Posted on 2021/01/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日、フランスのテレビはどのチャンネルも朝からずっとバイデン大統領就任にまつわる生放送(朝の6時から始まり)に終始した。
ここまでフランス人にとってアメリカの存在意義が大きかったのか、と改めて思い知らされた一日でもあった。
実に、16時間以上もアメリカから生放送している放送局さえあった 
この放送をまた飽きもせず、ぼくは一日見続けながら、思いを巡らすことになる。
今、コロナが大きなきっかけにはなったが、アメリカだけじゃなく、世界は大きな分断の中にある。
この分断を再びつなぎ合わせられるかどうか、が第46代米国大統領の肩にかかっている。

滞仏日記「バイデンのアメリカ。なぜ、ファーストレディたちは紫の服を着たのか」



それを物語るように、前日、ワシントン入りしたバイデン新大統領の横に寄り添う大統領夫人、ジル・バイデンさんは紫の服を着ていた。
民主党の青と共和党の赤を混ぜると紫色になる。
今日、大統領の就任式にやってきたオバマ前大統領夫人のミシェルさんも、クリントン元大統領の夫人であるヒラリーさんも紫の服だった。
そして、今日、新副大統領に就任したカマラ・ハリスさんもなんと紫であった。
これは偶然じゃないだろう。或いは、何か意味があるのだろうね。
これはアメリカが抱える分断、トランプ前大統領が招いた分断を繋ぐための一つの意思表示であるに違いない、とぼくは勝手に思ってしまった。
きっといろいろな意味が含まれているのだろう、…。
そして、今、ジル・バイデンさんは着替えて(ワシントン到着時は紫だったけど、今は)、民主党のシンボルカラーである青い服を着ている。
これは、民主党支持者への感謝、そして新しい時代へ向けてのもう一つのメッセージかもしれない。

滞仏日記「バイデンのアメリカ。なぜ、ファーストレディたちは紫の服を着たのか」

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滞仏日記「バイデンのアメリカ。なぜ、ファーストレディたちは紫の服を着たのか」



それほど、アメリカの分断は深刻であり、バイデン新大統領は自ら演説で述べたように、あらゆるアメリカ人のための大統領であるために、今、やっと動き出したのである。
バイデンさんのことを頼りないお爺さんだと思っていたぼくだが、彼の長時間の野外演説は、仮にそこにプロンプターがあったとしても(僕には確認できなかった)、多くの人を前に、いいや、世界中の人々を前に、胸を張って言い淀むこともなく、ぼくの目には堂々と自分の声と言葉と魂で語りかけている人の名演説に聞こえてならなかった。



手元のメモを見ることなど一度もなく、終始、遠くを、アメリカを見据え、世界に向けて、一人の老人だが、けれどもアメリカの大統領は、もしかしたら若者では無理なのかもしれないと思わせるほどの強い経験と精神の貫禄を伴い、一言一言に言霊を込めて語った。
彼を高齢者と揶揄する者に、これだけの演説が出来るのか、聞いてみたいし、出来るというなら、やってみてもらいたい。
見せかけだけの強さではなく、この人で結局よかったのかもしれない、と演説が終わる頃には何か、この四年間の不安を少し和らげてくれる安堵を覚え、アメリカ人でもないくせに、微かな希望さえ感じてたのだから、不思議である。



ぼくは30代の後半にアメリカで暮らしたことがある。
その時にも同じことを感じたのだけど、アメリカはこういう分断の中にある時にこそ、芯の強さを発揮する国だ。
最後の最後はアメリカ人にしかできない力業で、彼らの民主主義を取り戻しにいく。
ぼくは90年代のある日、アメリカの独立記念日に紙吹雪の舞うフィフスアベニューに立っていた。あの熱狂の中にいながら、日本人だから、ぼくにだけ、色も音も匂いもしなかった。
ただ、感じたのは、200年しか歴史のない国が、なぜこんなに強い連帯を持つことが出来るのか、逆立ちしても外国人には絶対分からないことであり、それはアメリカの建国以来、彼らが自らのアイデンティティで作り上げてきた主義なのだ、ということだった。
だから、暗殺もあり、だからみんな銃を持ち、だからあんなに暴力で死んでいくのだけど、最後の最後で、彼らの中に潜むスーパーマンが出現して、あの星条旗を救うのだった。
あの日の自分は、もしかしたら、今日のアメリカを見ていたような気がする。
しかし、ジョー・バイデンの未来は簡単ではないだろう。
そしてこの地球が抱える問題をバイデン大統領が解決していかなければならない、というあまりに大きな課題を前にしている。
それはマクロン大統領が持っているフランスの課題に通じる問題だ。

滞仏日記「バイデンのアメリカ。なぜ、ファーストレディたちは紫の服を着たのか」



約一日、こうやってテレビを見続けたぼくが思ったことは、アメリカもフランスも国内に見えざる敵を物凄く抱えているということである。
それはたぶん、英国もドイツも世界各国で顕著になっている現象じゃないか。
バイデン新大統領の急務は、コロナの問題だけにあらず、まず、アメリカを一つにすることだろう。
分断されたアメリカを、彼らが作り出した民主主義の土台を再び強固にさせるため、憎しみを癒し、力ではなく建国から続いた自由の精神で再び国を一つにしていくしかない。
テロが続いたフランスも国内に信仰や自由、理念の分断の溝が生まれている。
人類は力を合わせることでしかこのコロナに勝つことが出来ない。現在、コロナを封じ込めている国もずっと門を閉め続けることが出来ないからだ。
その中心的な役割を果たす一人が、先にぼくが頼りないと思っていたバイデン新大統領ということになる。



中国の思想家、孔子の言葉に「修身斉家治国平天下(しゅうしんせいかちこくへいてんか)」というものがある。
好きな言葉で過去何度か自著でも紹介させて頂いた。
意味は、「天下を治めるには、まず自分の行いを正し、次に家庭を整え、次に国家を治め、そして天下を平和にすべき」というものだ。
バイデン新大統領への批判の一つに印象の弱さという声があった。
息子さんの墓の前で涙を流すような人物、という揶揄に、「ぼくは血も涙もある人でしか、今のアメリカは救えない」と反論したい。
血も涙もない人間が統治をすると毎日、5000人近い人がコロナで死ぬことになる。この数字は戦争で死んでいった人の数に負けない、それ以上の数字だということを忘れてはならない。
紫の服を着て就任式に立った、元ファーストレディたち、そして、現副大統領、そして、ワシントンに到着していたジルさんが着ていた紫の服が私たちに伝えたいメッセージを、人類の中の一人として、ぼくは今日、受け止めることが出来た。
コロナが落ち着き次第すぐに、アメリカの友人たちに会いに行きたい、と思った。

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