JINSEI STORIES
滞仏日記「セブンティーン」 Posted on 2021/01/15 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、0時を過ぎたので「おめでとう」を言いに行ったら、すでに子供部屋は消灯していた。
大学受験まで模試の連続なのである。真面目な奴だから、明日に備えて、早寝したのだろう。
ま、起きてからでいいか、と思ったけど、一応、ぼくが起きることができない場合、夕方まで「おめでとう」が言えなくなるので、玄関の扉に、小学生時代の写真を引き伸ばしたコピー紙に手書きのメッセージを書いたものを張り付けておいた。
しかし、まだプレゼントも何も買っていなかった。別に何もしないでいい、と本人言ってたけど、せめてプレゼントくらいは買っておく必要があるだろう。
小雨降るパリの午後、今時の17歳が好きなものを探すために、父ちゃんは外出した。
いったい、17歳が好きなものが何か分からなかった。
だから、公園からママ友仲間たちに一斉に、相談メッセージを送り付けることになる。
「実は皆さん、皆さんのおかげで、我が子が今日、17歳になりまして、プレゼントを買わなきゃならないのですけど、何がいいのか、ぜんぜん、分からず、どなたか息子が好きそうなもの、教えてください」
これは、我ながら、素晴らしいアイデアであった。
お世話好きなフランスのマダムたち、幼い頃から息子のことはみんな知っている仲、…。自称フランスのママ、たちばかり、…。
「ならば、サンジェルマン・デ・プレにスケボーたちに愛されてるファッションブランドの店があるから、そこでジャケットとかスエットとか買えば!? きっと、彼も大好きなはずよ。うちの子も欲しがってるし!!!」
息子のクラスメイトのママ友、さすがである。頼りになる~。
ぼくはすっ飛んで行って、とっぽい店員たちに相談しながら、カッコいい防寒コートとトレーナーをゲットした。これは間違いなく、気に入るはずである。
夕飯、どうしよう、と次に思った。ええい、これは本人に直接聞いた方が早い、と思って、ワッツアップで「夜は何が食べたい? 誕生日だから、何でも作るぞ」と送ったら、
「たこやき」
と戻ってきた。
おお、たこ焼きかぁ!
たこ焼き、タコ、…。関西で攻めてきたか、…。
17歳の誕生日にタコ焼き、気取ってなくて、いいじゃないの~。
ということで、魚屋でタコを買い、肉屋で生ハムを買い、チーズ屋でモッツァレラチーズを買い、アジア食材店で天かすと青のりと鰹節とキムチと日本のマヨネーズを買い、最後に八百屋でトマトを買おうとしたら、目の前に今朝到着したばかりのペリゴール産の凄いトリュフがずらりと並んでいた。すげ~。
たこ焼きは粉ものだから、製作費も手間もかからない。17歳の記念すべき誕生日なのだから、もうちょっと手の込んだものを作ってやりたい。
普段やらないことをやってみたい。トリュフ+たこ焼きってのは、もしかすると思いもよらない発見があるかもしれない、と思って、思わず奮発して買ってしまった。
ま、ずっとコロナで自粛生活だったから贅沢も出来なかったし、これくらい許していただこうか。神様、ありがとう。
で、タコが入った普通のたこ焼きがメインだけど、モッツァレラと生ハムのたこ焼き、キムチとモッツァレラのたこ焼き、そして黒トリュフのたこ焼きを作ってやることにした。
ところがである。肝心のタコ焼き器が見つからない。
19年前、渡仏時に持参したたこ焼き器がどこかにあるはずだが、探しても、見つからなかった。最後に使ったのはいつのことだったか? まだ息子が幼い頃じゃなかったか?
じゃあ、地下室かもしれない。或いは、納戸の中とか、キッチンの棚の奥の方のどこかに紛れ込んでいるのか…。
探している間、この子が生まれた日のこととか、この子が初めて幼稚園に通い出した頃のこととか、たこ焼き器でたこ焼きを作って食べた日のこととか、いろいろなことを思い出してしまった。
本当に、いろいろとあったけど、でも、この子がこんなに大きく育ったことが全ての結論でもあった。あと一年、頑張れば、この子はフランスで成人する。
そうだ、ぼくも頑張ったんじゃないかな、と思った。自分にもご褒美を買うべきじゃないか?
しょうがない。今日は息子の一生に一度の17歳の誕生日だ。シャンパンくらい、買ったってばちが当たらないだろう。
ぼくは浮き浮きした気分で行きつけのワイン屋に入り、ちょっと豪華なシャンパンを買ってしまった。物凄い言い訳だ! しゃーないなぁ、17歳なんだから~、笑。
コロナなんかに負けるものか、とたこ焼きの材料とトリュフとシャンパンを抱えて帰った父ちゃんでもあった。
振り返れば、楽しかったことしか、思い出せない。たくさん笑った日々しか思い出せなかった。幼い息子の笑顔だけが心に焼き付いている。その子が17歳になった。
「ご飯だよ~」
いつもと何も変わらない号令をかけた。
息子と呼べないほどでかいのが、のしのしと子供部屋から出てきた。
「たこ焼きだぞ、リクエストにこたえて!」
「すげー、本格的じゃん」
ぼくが長い串を使って、たこ焼きを作った。息子は友人らに自慢するために次々写真や動画を撮影していった。
「出来た、ほら、熱いうちに食え!」
「あつ、あつっ、あわわわ」
出来立てのたこ焼きをいきなり口に頬張ったものだから、息子君、火傷しそうになって、キッチンに逃げ込んだ。最初から大笑いとなった。
普通のたこ焼きを食べた後、生ハムとモッツァレラチーズのたこ焼きを頬張り、そのあと、キムチのたこ焼きを作って、最後にトリュフのたこ焼きを創作した。トリュフが登場すると家の中はあの独特の香りが充満し、大変なことになった。
「うわぁ、こんなのはじめて」
こう叫んだのは、実は、ぼくである。えへへ。
息子は特にトリュフには関心なし。シャンパンを飲んで、トリュフたこ焼きを頬張って、一番息子の誕生日を喜んでいたのは何を隠そう、わたくし、父ちゃんであった。スティービーワンダーやビートルズのハッピバースデーソングを大音量でかけまくった。
隣人たちは間違いなく、誰かが誕生日であることを知るはずである。知らせたかった。17歳だ!
「生まれてよかっただろ。この野郎」
ぼくは酔っぱらって、息子に絡んでしまった。
息子の仲間たちから次々、おめでとう、とメッセージが入った。それを一緒に覗き込んだ。
ぼくの携帯にはその母親たちから、おめでとう~、が飛び込んできた。
二人きりじゃなかった。この国で17年もこいつは生きてきたのだ。気がつけば、友人やその親たちに囲まれ、一番の幸せものでもあった。このコロナ禍の世界で、…。
「コロナのおかげで、出歩けないから、大学受験に集中できるな。よかったじゃん。遊び歩かないですむから」
ぼくが酔った勢いで皮肉を飛ばすと、息子がふきだした。
なんでも、笑ってすっ飛ばせばいいのだ。
「パパも飲み歩けないから、名作を書くチャンスだね。名作、頑張って」
ぼくらは笑いあった。
セブンティーン、いい響きだと思う。
夜間外出禁止令下のパリで、またもや、新しい一年がスタートした。
次は18歳に向かって、…。