JINSEI STORIES

滞仏日記「首都圏を離れるという選択肢。エクソダス計画」 Posted on 2021/01/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼんやりとしていたら、携帯が鳴った。
水道工事屋のマリーさん(男性です)からだった。
「あれ、どうしたんですか?」
「ムッシュ、ご無沙汰です。今すぐ、こちらに来れますか? 水漏れです」
ぬぁにィーーーーーーーーーーーーー!
と思わず大声が飛び出した父ちゃんだった。
状況も分からず、とりあえずとるものもとらず、飛び出した。
車を飛ばして駆けつけると、家の前でマリーさんがぼくを待ちうけていた。



この日記を毎日読んでくださっていらっしゃる読者の皆さんはご存じの通り、ここに引っ越してから、すでにこれで6回目の水漏れ…。ふ~。
管理会社のムッシュが「あなたは呪われてるね」とめちゃ自分らの手抜き管理を棚に上げたブラックジョークを投げつけられ、何度もブチ切れたことは過去日記に譲るとして、しかも、次々に水漏れが続くから壁が乾かず、塗装工事さえ出来ず、天井は一部崩落したまま、で、漏電の恐れがあるとのことでぼくと息子はパリ中心部の友人の小さなアパルトマンに避難、家賃を半額以下に下げて貰って旧アパルトマンは仕事場兼オフィスとして使用している現在なのだが、今回の水漏れはどうやらうちからのようだった。
「どこですか?」
「それが直接はオタクじゃなく、壁の中なんです。風呂場の壁の中の排水管が壊れているはずで、ちょっと、調べさせてください」
そう言えば、トイレを使っていると壁の向こうから、ポタ、ポタ、という水滴の滴る音…。マリーさん、這い蹲って、排水管扉から中を覗いて問題個所を発見! 一時間ほどで、修復工事はあっさり終わった。
「これ、ぼくの責任になる?」
「いいえ、フランスでは、部屋の中の水漏れはご本人負担ですけど、壁の中だと大家の負担になります」
やれやれ、心臓がとまるかと思った。

滞仏日記「首都圏を離れるという選択肢。エクソダス計画」



しかし、マリーさんが帰った後、決意したことがあった。
『もう、限界だ。やっぱり、パリを離れよう』
これも日記で散々書いてきたぼくのささやかな願望だったが、この6回目の水漏れでようやく決意することが出来た。
残念ながら、ワクチンだけでコロナは制圧出来ない、気がしてならない。
というのは変異の速度が速くなってきたし、一部フランスの科学者が言い出したのは、コロナはワクチンをもすり抜ける力を持つ可能性がある、ということだった。
ウイルスのプロテインスパイクのどことどこが変異しているとか、そういう専門的なことはわからないけど、これだけあちこちで新しいのが出てくるとインフルエンザみたいに効かないワクチンも出てくるはず…。
ワクチン自体、あまりに短期間で作られたものだから、数年後にどういう副作用が出るかさえ疑問、という医者や科学者もいるし、ならば、どうするかというと、危険な場所から離れるのが一番じゃないのか、ぼくのような若くない人間にとっては、…。
息子はまだ若いので、罹っても重症化はしないだろうし、無症状で終わる可能性も高いけど、45歳離れているぼくはそうはいかない。
その危険とこれからもずっと背中合わせで生きるのは命がけ、過ぎる…。



ぜんぜん、話しは余談になるけれど、昨日、同じようなことを考えている日本の友人から、北海道の原野に広い敷地がついた一戸建ての古い家が50万円で販売されてるんだけど、みんなで買ってリフォームして暮らさないか、と持ち掛けられた。
写真をみたら、おおおおお、でかい。
凄く魅力的な話しだったけれど、息子に「パパにはフランスにはいてほしい」と懇願されている父ちゃんなので、ううう、難しい…。
彼が結婚して家族が出来るまではもう暫く傍に居てやろうかな、と思ってる。
息子はパリで暮らし、ぼくは何処か少し離れた田舎に適当な住処を買って、そこをリホームしながら生きて行くのはどうだろう、と思った。
というのは、これまた偶々、フランス人の友人がパリを離れる、と言い出したのだ。
やはり、きっかけはコロナだった。
「今はテレワーク主体だし、会社に行く必要もなくなったし、テレワークでもやっていける世の中なので、必要な時だけ、パリに戻る」らしい。
それ、いいね、ということになった。

滞仏日記「首都圏を離れるという選択肢。エクソダス計画」



そう言えば、年齢の問題もあるのかもしれないけど、同世代のミュージシャンの仲間ご夫妻からも「東京を離れるという選択肢を選ぶことに決めた」という連絡が届いていた。
お子さんたちが大きくなり、夫婦で第二の人生を考える時、コロナ禍の東京じゃない、となったというので、みんな、同じようなことを考える年ごろなのだな、と思った。

でも、エクソダス計画を決意したら、なぜか、鬱々としていた未来がほんのり明るくなった。
来年、息子は大学受験、うまくいけば、秋から大学生になる。
ぼくはもともと、テレワーク主体だから、仕事のスタイルはどこにいてもそう変わらない。コロナが短期間で落ち着くこともなさそうだからこその決断でもあったが、これも、なにかのご縁である。



午後、パリからタイに双子の赤ちゃんとご主人と四人で移住したセルフケアの第一人者、チコ・シゲタさんとライン電話で次回の地球カレッジの打ち合わせをやった。
チコさん、明るく弾ける声で、
「辻さん、田舎生活最高ですよ~。ここは明るくて、今、一番いい季節です。超田舎なんだけど、自分の精神を穏やかに保つには最適な環境です。私、今、ものすごくエネルギーに溢れているんですよ~」
と言うではないか。
羨ましいけど、先見の明があったのだろう、彼女はコロナ流行より前に移住していた。
ぼくはこれから、残りの人生を豊かに生きるためのエクソダス計画を考えて行こうと思っている。
一度しかない人生、ならば、出来る限り自然に生き切りたいじゃないか。
だれの人生だよ、と呟きながら、こぶしを握り締める熱血父ちゃんであった。
つづく。

自分流×帝京大学
地球カレッジ