JINSEI STORIES
滞仏日記「息子くん、英語で落第点、怒れない父ちゃんにママ友らの非難殺到」 Posted on 2021/01/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、凄い事実が判明した。
現在、息子の高校の先生たちと毎日、リモート面談会をやっている最中だが、そういうこともあって、親と学校を結ぶ電子通信網からうちの子のページに入ったところ、新年のテスト結果がずらりと出ていた。
どの科目も悪くなかったのだが、一番最後の英語で、父ちゃんの目がとまった。
ぬぁにィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
その数字はかつて見たこともない点数だった。
0点ではないけど、限りなく低空飛行、着陸寸前状態である。
いわゆる落第点以下なのだ。おかしい。
あいつは英語が得意なのに、これは何かの間違いだろうと思って、学校に問い合わせてみたところ、「残念ながら事実です」という回答。
えええええええええ!
こんな点数じゃ、どこの大学にも入れない。
彼が目指す法科大など門前払いのレベルなのである。
父ちゃん、衝撃のあまり、寝込んでしまった。
昼食を食べに息子が戻ってきたが、どうやって問い詰めていいのか分からず、寝たふり。なので、ランチの準備さえ出来なかった。
ノックの音、
「あの、昼ごはんは?」
という息子の声…。
「今日は無し」
「無し? なんで?」
「インスタントラーメンが棚にあるから」
「おけ」
息子が学校に戻った後、誰かに相談しないと落ち着かなくて、フランス人のママ友たちに相談したのが間違えであった。(優しいい日本人ママ友に相談すればよかったぁ)
今回は息子の成績に関することなので、グループではなく、同じクラスのお母さんである、オディールとレテシアだけに個別相談となった。
「ええ? じゃあ、家庭教師とか紹介しましょうか?」とレテシア。
「でもね、英語は今からやってももう手遅れかもね。英語って小さい頃にどれだけ叩きこむかで差が出るから。時遅し」とオディール。
「なんで、そんな点になったのか、本人に問い合わせたの?」とレテシア。
「だいたい、自分の息子に甘いのよ。他の親だったら、それだけ低い点をとったら、激怒でしょ。でも私が想像するに、ヒトナリは叱ったの? 叱れないでしょ?」とオディール。
「黙ってみてるだけじゃ、子供の成績は上がらないわよ。ちゃんと親が導かなきゃ」とレテシア。
当たっているだけに、全部言い返せない。
「結局、甘えてるし、甘やかしてるのよ」とオディール。
友だちだからこその厳しい意見なのだけど、メッセージを読む度に、カッチーーン、の父ちゃんであった。その怒りは息子へと向かう。
ぼくはますます、起き上がることが出来ないでいた。
夕方、なにくわぬ顔で息子が帰ってきた。
もちろん、まだ、ご飯の準備は出来てない。食べさせないわけにはいかないし、ぼくもお腹がすいたので、キッチンに行き、肉とか野菜とか取り出して、料理をはじめた。
何を作っているのか、よくわからなかったけど、適当なものを作った。気乗りしないので、なんだかわからない料理がテーブルに並んだ。
息子の食欲がすごかった。昼間にカップ麺だけだったからだろう、いきなり、お替りをした。2合、炊いていたけど、結局、完食。やれやれ。
「あのね」
食事が終盤に差し掛かる頃、ぼくが切り出した。
「英語、なんであんな酷い点なの?」
優しく言ったつもりだった。
「あ、実は、あれ、質問を逆に解釈しちゃって、真逆の論文になったからなんだ。でも、先生にもそのことを説明したら、理解してくれていた」
「でも、他の子たちの平均点の半分以下じゃん。みんなが理解できることを理解出来ないの、まずくないか」
「うん」
息子が箸をとめた。
オディールの言葉が頭を過ぎった。
「だいたい、自分の息子に甘いのよ。他の親だったら、それだけ低い点をとったら、激怒でしょ。でも私が想像するに、ヒトナリは叱ったの? 叱れないでしょ?」
レテシアの言葉も蘇った。
「黙ってみてるだけじゃ、子供の成績は上がらないわよ。ちゃんと親が導かなきゃ」
くそ、とぼくは舌打ちをした。
息子と目が合う。
「家庭教師でもつけようか? 」
「必要ないよ」
「でも、成績が酷すぎる」
「自力でやれるよ。今回は勘違いしただけだし」
「自力で出来ないこともある。この成績じゃ、大学、無理だろ」
息子は箸をテーブルに置いた。
「でも、なんのために学校の先生がいるのさ。ぼくは英語の先生と毎週、3回もやり取りしているし、丁寧にアドバイスもくれる。やる気もあるのに、家庭教師頼んだら先生に申し訳ないじゃない」
「申し訳ないなんて、関係ないだろ。理屈はどうでもいいよ。結果が全てだ」
「でも、スペイン語も前は悪かったけど、今は上の方になったでしょ? でも、あれは全部独学でやったんだ。英語だって出来る」
「パパは、別にダメとは言わないけど」
次の瞬間、遮るように、「ごちそうさま」と言って息子は立ち上がると、いら立ちを隠さず、席を離れてしまった。暫くすると、バタン、とドアの閉まる音…。
オディールとかレテシアの家だと父親がここで席を立ち、子供を捕まえて説教をするところだろうが、ぼくには出来ないし、する気もない。
彼女らの言う通り、
「結局、甘えてるし、甘やかしてるのよ」
ということになる。
ぼくは食堂に1人取り残された。
こういう時、シングルファザーであることのもどかしさを思う。
仕方がないことだけど、オディールとレテシアが言う通り、ぼくは息子を過保護に育てているのだ。
どこかで、可哀想な境遇だと思ってきた自分がいる。
甘やかしてやりたいと思ってしまうのだ。それに、あいつはあいつなりにちゃんと頑張ってるし、別に、いい大学なんか入らなくてもいいし、…。
「ほらね、甘やかしてる。じゃあ、その子はあんたが死んだ後、どうやってここフランスで生きて行けるのよ? 日本に帰っても日本語もちゃんと話せないし、漢字もかけないのに、何の仕事が出来るのよ? 結局、ヒトナリが甘やかしてるから、結局、苦しむのは大人になったあの子なのよ。分かってるの? ダメなお父さんね」
これはぼくの心の声だ。今日は、もう、ここまでにする。
これは愚痴じゃないし、諦めたわけでもない。
ただ、ちょっと疲れてしまった。そんな日もある。