JINSEI STORIES
滞仏日記「朴訥なグルメ5。-マエシン絶体絶命を救ったとある大物登場!-」 Posted on 2021/01/08 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、アメリカ議会でトランプ支持者たちが大暴動を起こし死傷者が出ているちょうどその頃、ぼくも大変な事態に巻き込まれていた。
回線チェックのため、ぼくは右岸地区のリオン駅前にいた。
12時からマエシン(前田真)のレストランで東京サイドと問題なく映像や音声を送れるかの確認テストが行われるのだけど、時間を間違えて一時間半も前に到着してしまったのだ。やれやれ。
リオン駅から徒歩、一分。駅前の一等地(?)にレストランがあった。
結構、でかい。早すぎていないだろうなぁ、と思ったけど、シャッターが半分、開いている。
え、いるじゃん、と思って中を覗いたら、マエシンと嫁の佳代ちゃんが広い店内のど真ん中でラーメンをすすっていた。
ラーメン? ビストロなのに?
腹ごしらえをしているのを邪魔しちゃまずいと思って、踵を返そうか悩んでいると佳代ちゃんに見つかってしまう。
「せんせ~! あけましておめでとうございます~」
と大きな声がはじけ、佳代ちゃんが飛んできてドアをあけた。
ぼくのことを先生と言うのはこの人だけ。
ぼくが先生と言われるのが嫌いだから、お断りしているのだけど、佳代ちゃんの「せんせ~」にはなんかほんわか愛があるので、許している。えへへ。
「すまない。時間、間違えた。食事中なんだね。いい匂いだなぁ」
「ごめんなさい。まだ早いから早めのランチしてました」
「ラーメン? 何ラーメン? シェフ特製の豪勢なラーメンなんだろうね」
「やだ。変なところみられちゃって」
佳代ちゃんが、手の甲を口にあて微笑んだ。マエシンが苦笑いを浮かべているので、どれどれ、と近づき、器を覗くと、ぎょえ!
「マジか!?」
何も具が入ってない。葱さえ、ない。素麺である。
本人は自慢げに「でも、これラ王の味噌味すよ」と言ってのけた。
なんでもええわ!
ロックダウンがずっと続いているので、売り上げはゼロ状態だそうで、今までテイクアウトだけはやらない主義だったが、なぜかフランス政府から補償金も入ってこないらしく、貯金も底をつき、このままじゃやっていけないからテイクアウトやろうかなと思ってます、と奥さんの佳代さんがけなげにも呟いた。
フランスのレストランは1月20日まで(なんと今日、2月中旬まで延長に)閉鎖措置がとられている。しかし、それまでじっとしているのは精神的によくない、というので、二人はランチボックスを計画中なんだとか…。
「せんせ~のオンラインスクールが最後で、一家、夜逃げかもしれません」
と佳代ちゃんが力なく言った。
「そんなこと言わないで、頑張ろう。大丈夫、マエシンはフレンチビストロ界をしょって立つ大物(今はただデカイだけ)だから、絶対大丈夫。夏はいつも満杯だったじゃないか」
とぼくがそう告げた時、ドアが大きな音をたてて開き、中年の男性が顔を出した。
常連客の一人らしく、二人は笑顔で飛んで行った。
「もう、待ち遠しいんだよ。一日も早く再開してほしい。あんたの料理を食べるのを本当に楽しみにしているんだ!」
その一言を聞いて、思わず、もらい泣きをしてしまった父ちゃんであった。
飲食業は日本でも大変だろうとは思うけど、ロックダウン続きのフランスは本当に大変で、シェフたちは悲鳴さえあげられない絶望的な状況下に置かれている。
なのに、過酷なコロナはその手を緩めない。
「シェフ、ぼくらはずっと待ってるよ。なんでも出来ることがあれば言ってくれ。手伝えることがあれば手伝うからね」
そう言い残してフランス人の常連さんが去っていった。ぼくは涙をぬぐった。
本当にぼうっとしているこの男だけど、料理の腕だけはある。間違いない。
「大丈夫だ、なんとかなるよ!」
「とりあえず、回線チェックの準備をしよう」
ところが、である。ここで、思わぬ事態が起きてしまう。
パソコンを置き、カメラをセットし、照明の灯りを炊き、立ち位置も決めて、東京側と回線がなんとか繋がったまではよかったのだけど、…
「辻さん、絵がおかしい」
とスタッフの一人が言いだした。
覗くと、カクカクしている。
マエシンにフライパンをふってもらったら、手元がよくわからない。
マエシンはぶれていい男風に見えるのだけど、肝心の料理がよく見えないのだ!!!
一度、近くの怪しい携帯屋さんまでランケーブルを買いに走り、繋いでみるも、画像は安定しなかった。ソニーの高感度カメラはやめて、携帯に変え、その上、Wi-Fiもやめて、4Gで接続し直したり、あの手この手で試みたけど、ダメだった。
「おかしいなぁ? Wi-Fiにちゃんと繋がってるんだけど」
「でも、この辺はリヨン駅周辺なので、Wi-Fi環境がよくないのは事実なんです」
「ええ? 佳代ちゃん、今ごろ~????」
すると東京側の技術担当者が、
「ちなみに、それは光ファイバーでしょうか?」
と訊いてきた。するとマエシンが、
「光り? 新幹線ヒカリ号みたいすね?」
と呟いた。仕方がないので、ぼくがWi-Fiボックスまで見に行くと、ああああ、こ、これは、ADSLじゃないか!
するとマエシンが、
「SL機関車? ええでーSLかいな?」
とどうしようもないギャグを連発。黙っとき、と激怒する佳代ちゃん。
ADSLは普通の電話回線のことである。
「辻さん、わかりました。それ、メガ数が極端に低いんですよ。普通、200MBくらいないとダメなんですけど、ちょっと速度チェックできますから、右上のボタンを押してみてください」
パソコンの指示されたボタンを押すと、画面中央に速度表示が出た。
うおおおおおおーーーーーーーーーーーー!
「3MBだぁ」
「ひっくーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
東京チームが一斉に叫んだくらいこれは問題があるらしい。
結局、4時間半くらいああだこうだ頑張ったのだけど、最終的に、マエシンのレストランでは撮影不可能という結論になってしまった。ひくーーー。
「困りましたね。速度がないんじゃ」
とマエシンが、あまり困った感じを見せずに、言うので、ぼくは正直、腹が立った。
本番は9日土曜日の早朝8時、(日本時間16時)なのである。夜間外出禁止令下のパリで今からスタジオを借りるのは至難の業…。
「辻さんちのキッチン、ほら、YouTubeとかやってるじゃないすか」
とマエシンが珍しく真面目な意見を言いだした。
それを考えていたのだけど、大きな問題がある。我が家は水漏れとそれに伴う漏電で、電気の供給がいまいち、開場から終わりまで二時間以上のオンライン配信には危険過ぎるのだった。
10時からそこで立ち続けていたので、疲れ果て、ついに座り込んでしまう。
その時、すでに15時。家に帰って夕飯も作らないとならない。5分で終わるはずの回線チェックがあれやこれやで、5時間に!!!!
ぼくが腕を組んで、ううう、と悩むその横で、マエシンも、ううう、と腕を組んでいる。しゃあないね、…。と、その時、脳裏に閃光が駆け抜けた。
「あ、あいつがいる!!!」
「え? だれやろ」
マエシンが右往左往しだした。ぼくは携帯を取り出し、世界中に180万フォロワーを抱えるパリ在住の超人気料理ユーチューバー「えもじょわ」氏に電話をかけることに。
呼び出し音が鳴った。あの、細く繊細な指が携帯を握った絵が頭を過ぎった。次の瞬間、繋がった。
・・・と、ここから先は企業秘密。
なぜなら、えもじょわ氏は動画に顔も声も一切出さない謎のユーチューバーなのである。
黙って料理をし続けるから、国籍も言語も超えて、全世界の料理好きに受けている。
一本動画をアップするだけで何か月も仕事もしないで遊んで暮らせるほど、(一本の動画再生回数が2000万回を超える動画もあるというのだから)、凄い人気者なのだ。
ということで、急遽、あの「えもじょわ」氏のご自宅からマエシン×辻仁成の「家庭で作る最強フレンチ」が配信されることになったのである。
すげ~。見てみたい、えもじょわ御殿!
とまれ、よかった。
「えもじょわさん、ありがとう!!!!」この場を借りてお礼を言わせてください。
「えもじょわさん、本当にええでーSLじゃなくて」と横でマエシンが言うておりました。
な、なんと。
えもじょわ氏から届いたラインメッセージに「950MB」という速度表示のスクショが、マジ、すげーーーわ! お楽しみに!!!
ということで、1月9日の日本時間16時から、前田真×辻仁成「家庭で作る最強フレンチ」をやります。レシピ付きです。
この授業に参加されたいみなさまはこちらから、どうぞ
チケットのご購入はこちらから
*定員になり次第、締め切らせていただきます。