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滞仏日記「さらに、新たな疑惑が発覚。息子に裏切られた哀れな父ちゃん」 Posted on 2020/12/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、一件落着したかに見えた「アンナちゃんの家でやるカウンダダウンパーティ」に参加したい事件、ダメということで決着していたのは昨日の日記に譲るとして、今日、新たな疑惑が浮上し、父ちゃん、今現在、どうしていいのか分からず、頭を抱えている。
今朝、再びママ友のレテシアから、その後、どうなったか、とメッセージが入ったので、お礼も兼ねて電話をかけたのが、そもそも、の始まりであった。
「まぁ、話し合って、大晦日はあいつ家にいることになったよ」
「あら、よかったじゃない。今はコロナの変異種がフランスにも上陸してきたようだし、今日もまた感染者が増えたし、来年、早々に再びロックダウンは間違いなさそうだから、家にいて正解よ」
「うん。昨日の君の助言に感謝するよ」
「助言? なんだっけ?」
「メッセージくれたじゃない。構いすぎちゃいけないって」



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ここで、昨日の日記を読んでない読者の皆様に、レテシアがぼくに言ったアドバイスをちょっと、今後の展開をご理解いただくために、読んでおいてもらいたい。
『あのね、ムッシュ。あの子はね、いつもあなたの意見に従っている。あんな子供は今時いないわよ。気づいてる? うちの子たちは手に負えない。やるな、と言ったことをかたっぱしからやっちゃう。娘は男の子と朝帰りするし、夫はもう朝から晩まで切れまくっている。でも、あなたの息子はいつだって、あなたの意見に従ってる。そうしないといけないと思ってるから、いつもあなたの意見も待っている。それは立派かもしれないけど、でも、ちょっと子供らくしないのよ。もしかしたら、今まで一度もあなたに心配や迷惑をかけたことがないでしょ? 校長や担任に呼び出されたり、忠告されたこともないでしょ? 理由を知ってるの? あなたが頑張って家事や子育てやってるのをずっと見てきたから、自分は迷惑かけちゃいけない、といつだって我慢している。彼は確かに無口でぶすっとしているかもしれないけど、門限は守るし、礼儀もあるし、わきまえている。本当にいい子、いい子過ぎるのよ。でも、16歳の男の子、普通だったら、夜遊びしたり、喧嘩して痣の一つも作ってきたり、めちゃくちゃなのが当たり前、…。だから、私はちょっと心配。あなたは構い過ぎちゃだめ。自分で考えさせなきゃ。ほったらかしにして、自分で決めさせていかないと、いつまでも、あなたが彼の傍にいるわけにはいかないでしょ? 違う?』
このメッセージ、ぼくは衝撃を受けたし、読者の皆さんからも、健気ないい子だわ、という意見があり、ぼくも気を取り直していたのだけど、それはどうも大間違いで、この後の衝撃的な事実の前で、ぼくはのけぞって、再びキッチンの棚の角で頭を打ちそうになった!



「ああ、ええ、そうね。構いすぎちゃいけないとは言ったけど、彼は彼なりにうまくやってるのも事実だから、あまり真剣に考えないでいいわよ。私もついカッコイイこと言っちゃったけど、今朝、娘が言ってたわ、いろいろと…。あなた最近、ブルターニュ行かなかった?」
は? 
なんで、知ってるの?
なぜ、そういう展開になるのか、先が読めないボンクラ作家だったが、とりあえず、ブルターニュに旅行したのは事実なので、行ったけど、と答えておいた。
「でも、なんで?」
「あなたがいない間、あの子、そこに仲間たちを数人呼んでパーティやったかもしれないのよ。たしかじゃないけど…。娘が、そういうことを友だちと電話で話していたから、あら、今時の子らしいこともするじゃない、健康的だわ、と思ったの」
ぬぁにィ~~~~~!!!
ぼくは、心臓が一度停止してしまったのだった。バタンキュ~。



「あら、私、余計なこと言っちゃったかしら。やっぱ知らなかったんだ。そうよね、あなたに言ったら、殺されるかもしれないから言えないわね。困った、あ、でも、噂に過ぎないし、また聞きのまた聞きで、娘も行きたかったって、言ってたから、いやね~、私ってなんておしゃべりなのォ」
「レテシア、どういうこと? パーティ? ぼくがいない間に?」
今日、たまたまこの日記を読んだ方は12月16日、17日あたりの滞仏日記を読んでもらうとわかるのだけど、家事鬱になった父ちゃんは自分を取り戻す一人旅に出ていたのである。
ぼくはたまに、二月に一度くらいの頻度で、家事とか日常から逃げ出しては海を見に行く癖がある。
ノルマンディとか、イギリス海峡とか、南仏とか、…。今回はブルターニュであった。
じゃないと、シングルファザーなんてやってられるか! 
しかし、その不在時の息子の行動までは分からなかった。ぼくは、ぼくはつまり、あいつを信じていたのだ。あの子は真面目だから大丈夫だと思っていた!
まさか、ぼくがいないことをいいことに、友だちを呼んでいただなんて、ありえない。
昨日は日記に、あんなに「いい子っぽく」書いた自分をぶん殴ってやりたい!
「あの、ヒトナリ。ま、でも、それは16歳にもなれば普通のことよ。いなくなったあなたも悪いし」
「そんな、でも、いない間に友だちを呼ぶだなんて? まさか、女の子じゃないよね」
「いや、それは神に誓っていうけど違う。アレクサンドルとウイリアム、トマ、ロマン、そして、アントワンヌだと思うけど。いつものオタク・グループよ。娘が言ってた、オタク軍団が集まって、チーズフォンヂュして盛り上がったって、みんなに、馬鹿にされてたらしい」
ぼくは茫然となっていたが、レテシア文春砲はそれで終わらなかった。



「でも、あなたが、日本に行ってた10月ね、ほら、ヒトナリ、君は東京で自主隔離してたでしょ? 二週間、そして二週間仕事して帰ってきた。あの時も何回か、みんなで集まってワイワイやってたようだけど、知らなかったでしょ? こんなこと言っちゃって平気かしら。でも、黙っているのも胸が痛むから、私がチクったとは言わないでね」
電話を切った後、ぼくはへたり込んでしまった。
床に大の字になって寝て、天井を見上げながら、心臓が落ち着くのを待った。

たしかに、フランスの子供たちは親が別荘などに行ってる間、家に仲間を呼んで騒ぐ。
これは実にフランス的な若者の遊び方なのだけど、まさか、うちの子が、こともあろうに、神聖な我が家でオタク・パーティ!
これ、積み木崩しじゃないか!!!!!
この問題は、見過ごすことのできない重大な裏切りである。
親の留守の間に、友だちを家に招いて、パーティ、しかも、コロナの時期に! 
なんでアレクサンドルの母親、リサは何も言わなかったのか? ロマンのお母さんのオディールは何も言わなかったのだろう??? 
ぼくは息子の部屋のドア前で、わなわなと震える手を握りしめ、どうしたものか、と思案した。
レテシアの情報をそのまま信じる前に、一度、リサとかオディールとか、ママ友たちに確認をするべきじゃないか、とか、いや、このまま問い詰めるべきじゃないか、とか、このまま殴りつけてやるべきじゃないか、とか、いろいろと考え、結局何もできず、現在に至っている。
父ちゃんは傷ついた。
しかし、この件も問い詰めないとならない、わなわな、…。
つづく。

滞仏日記「さらに、新たな疑惑が発覚。息子に裏切られた哀れな父ちゃん」

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