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滞仏日記「難しい年齢の息子と難しい時代を生きる難しい年齢のオヤジ」 Posted on 2020/12/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子問題が新たに勃発し、鬱気味の父ちゃん。難しいですわ。
コロナがここまで長引き、感染力の強い変異種まで登場し、世界はもうめちゃくちゃになった。
気力が持っているのが不思議なくらい、暗い冬のフランスで今日も頑張っている。
渡仏して19年になる。あれから20年近くも経ったのだ。
あと3週間で、息子は17歳…。17歳だ、凄いなぁ。光陰矢の如し。



息子は、アンナちゃんの家で行われるカウントダウンに行きたがったけど、「ダメ」と一方的に父ちゃんが拒否したことで、ぷいと昼間に出かけてしまった。
普段は行き先を言い残して出かけるのだけど、…。
25日は家族で過ごすフランス、こんな日に、どこも閉まっているので、出歩く若者などいない。
誰かに会うために出かけたというより、頭を冷やすための外出であろう。
一年で一番静かな日に出かけた息子の苦悩を思いながら、夜にはちゃんと「ダメ」な理由を説明しなきゃ、と思った父ちゃんであった。



「あのね、ムッシュ。あの子はね、いつもあなたの意見に従っている。あんな子供は今時いないわよ。気づいてる? うちの子たちは手に負えない。やるな、と言ったことをかたっぱしからやっちゃう。娘は男の子と朝帰りするし、夫はもう朝から晩まで切れまくっている。でも、あなたの息子はいつだって、あなたの意見に従ってる。そうしないといけないと思ってるから、いつもあなたの意見も待っている。それは立派かもしれないけど、でも、ちょっと子供らくしないのよ。もしかしたら、今まで一度もあなたに心配や迷惑をかけたことがないでしょ? 校長や担任に呼び出されたり、忠告されたこともないでしょ? 理由を知ってるの? あなたが頑張って家事や子育てやってるのをずっと見てきたから、自分は迷惑かけちゃいけない、といつだって我慢している。彼は確かに無口でぶすっとしているかもしれないけど、門限は守るし、礼儀もあるし、わきまえている。本当にいい子、いい子過ぎるのよ。でも、16歳の男の子、普通だったら、夜遊びしたり、喧嘩して痣の一つも作ってきたり、めちゃくちゃなのが当たり前、…。だから、私はちょっと心配。あなたは構い過ぎちゃだめ。自分で考えさせなきゃ。ほったらかしにして、自分で決めさせていかないと、いつまでも、あなたが彼の傍にいるわけにはいかないでしょ? 違う?」



ママ友のレテシアからの助言であった。
そこまで他人に言われたことがなかったので、かなりショックだった。
中学からレテシアの娘とうちの子は何度もクラスが一緒で、席を並べた仲…。
だから、レテシアはうちの子のことをよく知っている。
クリスマスだということは分かっていたけど、向こうから「メリークリスマス、どうしてる?」と来たから、「実はね」と相談したら、長いメッセージが戻ってきた。
家族で過ごしている大切な日なのに、申し訳なかった。
「あのね、小さい頃からよく知っている子だから、家族みたいに思っているから、平気よ。気にしないで。何でも相談をしてね」
とかえってきた。
フランス人も日本人もぼくの周りの人たちはみんな優しい。



昨夜は、ニコラ君の家族を招いてのささやかな食事会だったけど、例によって、作り過ぎたので、今日から暫くは、残りもの大会となる。
まるで「おせち」の再利用という感じの食事になった。
ほろほろ鳥のファルシが大量に残ったので、これを潰して、キノコと混ぜてクリームソースのパスタを作った。
「ご飯だぞ~」
と呼びに行った。
食事が終わる頃に、
「あのな、大晦日のアンナちゃん家のお泊り会のことだけど。少し説明しとく」
と切り出すと、
「あ、もういいよ。分かってるから」
と強い口調で遮られた。
「すまないね。パパがもう還暦だから、罹ると危険な年ごろだからさ」
「還暦じゃないよ、61だよ」
ぎゃふん。
「マジか? そんな歳なのか、パパは! 知らなかった」
「だから、分かってるよ。パパはもう若くない。ぼくが無症状でウイルスを持ってきたら、パパに知らないうちにうつす可能性がある。ぼくだって、それはしたくない」
「いや、その、そうなんだけど、ワクチンも出来たことだし、コロナが落ち着くまでの辛抱だから」
「パパ。もう言わなくていい。黙って」
もっとはっきりと分からせなきゃ、と思っていろいろと言葉を探したのだけど、レテシアの言葉が脳裏をよぎった。
『あなたは構い過ぎちゃだめ。自分で考えさせなきゃ』
なるほど、これがいけないのか、と思った。もう、この子は理解したのだから、ここでやめておくべきなのだ、と。
「OK。じゃあ、この話しはここまでにしよう」
「ごちそうさま」
息子は、そう言い残すと、自分の皿を持って席を立った。
キッチンに片付けに行ったのだ。食べ残しはゴミ箱に入れ、皿を水で軽く洗い、食洗器にいれる。これが我が家のルールである。

滞仏日記「難しい年齢の息子と難しい時代を生きる難しい年齢のオヤジ」



仕事も、生活も、人生も、喜びも、すべてをこの感染症は奪っていく。
息子に笑顔を与えたい。思う存分、仲間たちと遊ばせてやりたい。でも、今は無理なのである。
しかし、その一方で、ぼくは必ず、人類はこの苦難を乗り越える、と信じてもいる。
冬は長いが、必ず春は戻ってくる、と信じている。
ペストだって、乗り越えたのだ。コロナなんか絶対、もうじき、乗り越えられる。
ぼくは希望しか見ない。
ワクチンも最初は不安と恐怖と抵抗があったけど、打つ気になった。
自分の意思で自分がこれだと思うワクチンを接種することにする。恐れて生きるよりは、やるべきことを全てやるだけだ。
時代というものはそうやって作っていくしかないのだろう。
そして、あの子はあの子で、生き抜く道を探していかなければならない。

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