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滞仏日記「ぼくをスルーしないで、アメリカンなお姉さんたちよ!」 Posted on 2020/12/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、なんにもすることがなくて、息子に、何食べてんのォ~? とメッセージ送ったら、「最初の日の夜は白ご飯炊いて、カレー。残ったご飯で梅干し入りのおにぎり握って朝ごはんにした。昼が焼きそばとチキンナゲット」と仏語で戻ってきた。
「super!」と送ったはいいが、こっちはあまりに過疎村だから何もない。
スーパーの冷たいものを買って食べる気にもなれない。昨日、買ったバケットはカチカチになっているので、食べようかな、と思ったけど、硬すぎてみじめだからやめた。
とはいえ、カフェもレストランもやってない。さて、困った。
作りたくない。買い物に行きたくない。レストランは一軒もやってない。もちろんユバーイーツなんてない。ない、ない、ない尽くしだぁ。
部屋でゴロゴロしていたのだけど、空腹には勝てない。腹がへった~~~。
「おらぁこんな村いやだ~~~」
どこからか吉幾三さんの歌が聞こえてきた。

滞仏日記「ぼくをスルーしないで、アメリカンなお姉さんたちよ!」



ともかく、食べるものを探しに出ることになったが、車で村の中心地まで行ったのはいいけれど、見事に閉まっている。
宿の管理人のクリステルに、なんかこの辺で食べ物買えるところないかな、とメッセージを送ると、
「高速の入り口あたりに、マック、KFC、バーガーキングがあるわよ~」
と戻ってきた。
「マクドナルド、やってるの?」
「どこもドライブスルーだけよ」
なるほど、ドライブスルー! そ、その手があったか! 
し、しかし、辻ちゃんマンはドライブスルーに入ったことがない。笑。
まず、入り方がよく分からない。しかし、空腹には勝てない。
とにかく、ものは試しだ、行ってみることにした。



地球カレッジ

高速の入り口周辺に、IKEAのような大規模商業施設が集中していた。
その中に、お、あった! マクドナルド! 
その隣にケンタッキーフライドチキン!
そして、バーガーキングもあった。
急に嬉しくなる父ちゃん、るんるん…。
車でぐるぐると周辺を回りながら、まずは、物色した。
マクドナルドはたまにパリでも食べる。ケンタはちょっと空腹過ぎて脂がきついかも…。で、バーガーキングに決めた。
バーガーキングの周辺をしばらくグルグルと回って、まずは、ドライブスルーの入り方を研究した。他の車がどうやって列に並ぶのか、などを確認! えへへ。
とにかく、並んでいる車の後ろに付ければいいのだ、と理解した。
ドキドキ。
初、ドライブスルーである。
家飯に飽きた同じような人たちが集まっている。ぼくの前にはすでに30台くらい並んでいた。
これは新鮮である。
ドキドキ。



バーガーキングの建物を半周くらいすると、注文パッドを持った制服姿の女性が二人いて、一人がこっちに向かって軽やかに走ってきた。
え? マジか、注文を取りに来てくれたのだ! 超新鮮!!
「ボンジュール! ビアンブニュー(ようこそ)、バーガーキングへ――――」
「おおおお、アメリカンなガール! ハロー、ナイスミーチュー」
さみしがり屋の父ちゃん、急に楽しくなってきた。満面笑みの還暦超オヤジだった。
「ご注文はお決まりですかぁ?」
新鮮~。フランス語でこれ訊くと、なんか、別世界だぁ!
(ええと、何にしようかなぁ…)←心の声。 
ぼくはバーガーキング娘の後ろのメニュー看板をちら見している。
「ご注文はお決まりですかぁぁ?」
(もしかして、おれ、急かされてるのかなぁ?若者の速度に負けるわけにはいかない。ダラダラやってると、年寄り扱いされてしまう。ここは迅速に行かなきゃ、ヒトナリ!!!)



「はーい。ご注文はお決まりですかぁ?」
(うわぁ、緊張して、決められないよー。だって、生まれてはじめて入ったドライブスルーなんだもん) 
何か縋るものが必要だった。一生懸命目を凝らして、看板を睨みつけると、唯一、知っているメニューを見つけた。ワッパーだ!!!
「はい、ご注文はお決まりですかぁ?」
「ワッパ」
「ワッパー、メニューですね?」
「いや、やっぱ待って。ワッパじゃなくて、その下の、あれ、あれは何かね?」
「ロング・チリ・バーガーですか?」
チリという響きに縋ろうと思った。チリワイン好きだし、チリも積もれば山となる。
「それ! それをメニューでシルブプレ!」
「コーラですかぁ?」
「コ、コーラ」
(コーラ以外、何があるの? と訊きたい父ちゃんマンだが聞けない。ううう、情けない)



「ご注文は以上でしょうか?」
「コーシーも」
「アロンジェ(アメリカン)ですか?」
「はい」
(そうじゃないよ、ぼくはエスプレッソが飲みたいのに~~、ううう、もじもじ)
「ありがとうございます」
ぼくが財布を探していると、
「69番です」
と言われた。
「はい?」
「お客さまの番号、69。次の窓口に進んで。メルシーボクー」
お姉さんは、そう言い残すと、後ろの車の方へと走って行ってしまった。
取り残されたぼく。
どうしていいのか、わからない。お会計は??? 商品は?? 
するとお姉さん、走って戻って来て、
「前に進んで、前に。わかりますか? 前でーす」
と号令かけた。
(ぎゃふん。わかんないよー、怖いよ~、国に帰りたいよ)
慌てて前の車の後を追いかけた。すると、窓口から若い店員さんが顔を出して、
「69番?」
と言った。
「イエス。アイアム69」
(ああ、英語が出ちまったじゃないかぁ…うう、混乱している)
お姉さんが金額を告げた。ポっカーーーんな父ちゃん。
「カードですか? 現金ですかぁ?」
ぼくは慌ててカードを取り出し、カードの決済機に翳した。
ピッとなり、支払い終了。領収書とクレジット明細書を手渡された。
おどおどしていると、
「先へ進んでください。前に、次の受付に! 前――――」
と指さされてしまう!!!
(うわあ、なんだかわからないけど、おらぁこんな村いやだぁ~~~)



前の車を追いかけて次の受付に行くと、またまた若い店員さんが笑顔で、
「69番ね~」
と大きな声で言った。
「イエス、69!」
すると、大きな紙袋を手渡された。おおお、なんかいい匂いがする!
「メルシーボクー」
とにかく、そこにいると後ろの人に迷惑なので、ぼくは車を出した。
そして、広い駐車場の真ん中に車を停めて、大きな紙袋の中を覗き込んでみた。
フライドポテトの香ばしい香りにクラクラ~。
ロング・チリ・バーガーとフライドポテト、そしてコカ・ゼロ、あとコーヒーが入っていた。
空腹に勝てなくて、ぼくはわき目もふらず、チリバーガーに齧りついたのだ。ガブっ。
「オーマイガッ! 辛くて、まいうーーーーーー。やばぁぁぁ~」
いや、本当にうまい! ポテトもサクサクで、しかも香ばしい。
そして、やっぱり、ハンバーガーにはコーラでしょ!
多分、生まれてはじめて入ったブルターニュのキングバーガーのドライブスルーで、はじめて注文し、なんとかゲットして、食べたチリ・バーガーを完食し、上機嫌な父ちゃん!
でも、食べ終わって、大失敗に気がつく。
(空腹に勝てず、慌ててがっついたから、写真を一枚も撮ってないじゃん!!!)
ということで、残念なことに、この最高にうまかったハンバーガーを記録しそこねてしまったのである。
でも、ロング・チリ・バーガーが本当に美味しかったことだけは、日記に書いておこう、と思った辻ちゃんマンであった。
(やれやれ。フランスの田舎、おそるべし!)

滞仏日記「ぼくをスルーしないで、アメリカンなお姉さんたちよ!」

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