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滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」 Posted on 2020/12/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、20年近く、プラスティックの小さなツリーを飾り続けてきた辻家だったが、コロナ禍の今年、父ちゃんはどうしても、この閉塞した気分を変えたかった。
近所の少年、ニコラくん。ご両親の離婚で今年はクリスマス会がないことがわかり落ち込んでいるという情報をぼくは姉のマノンちゃんから入手した。
ご両親に電話をし、ぼくの仕事場で(古いアパルトマンをそう呼ぶことにした)、ちゃんと安全対策をした上で、ささやかながらパーティやらせてもらえないか、と相談してみた。
政府の取り決めで大人が6人までならパーティが可能(子供は何人でも可)、ということなので24日に、ニコラ、マノン、息子、ぼくの四人、もしかすると、ニコラのママかパパのどっちからが駆けつけるということになった。
上の階のレオノールとアデルローズちゃん、下の階のフィリピンちゃんも招いて、子供クリスマス会をやったらいいんじゃないか、と父ちゃんは閃いた。
ならばツリーを飾った方がいいかな! となるよね?

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」

※これは2018年12月の日記より。3年も前の辻家のクリスマス風景。まだ、ツリーはない。

地球カレッジ



とにかく、今年は振り返ると、コロナ禍の一年だったから、とかく暗かった。
せめて、クリスマスくらい幸せに過ごしたい。
夕方、小雨降る雨の中、ツリーを買いに出かけると、いやはや、大人たちが、みんな、モミの木を抱えて歩いている。すげー。
12月に入った途端、パリが一変、急にクリスマスっぽくなり、綺麗になった。ぼくは思わず、号泣しそうになった。

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」



人間って、すごいな、と思ったら、もともと、泣き上戸だから、涙が溢れてきた。
だって、辛かったんだよー。まじ、辛かったぁ…。今だから言うけど、…。
今年は、何度も、もうダメだって、思った。とくに、3月後半…。
でも、みんな頑張って、乗り越えてきたし、まだ、ロックダウン中だけど、数値的には、感染を抑えつつあるのも事実。
その上、凄いテロが続いたし、踏んだり蹴ったりのフランスだった。
可愛そうと言われ続けてきただけに、こうやってクリスマスを迎えられることが有難い。
絶対に、クリスマスツリーを買おう、と思った父ちゃんであった。(環境問題にうるさい息子には、今年だけはニコラを喜ばせるために頼む、とお願いをしたのだった)



お、見てほしい!
ぼくの前を歩く、お父さんは物凄くでかい(多分、2メートル50センチ級の)クリスマスツリーを背負っている。
お母さんはベビーカーを押している。小さな赤ちゃんが載っている。うちの子も、そういう時があったっけ。思い出すなぁ。

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」



おっと、その路地を曲がったら、別のお父さんも同じように担いでいた。もみの木はどうやら、担ぐものらしい。
がんばれ、お父さん!

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」

少し歩いたら、サンシュルピュス教会のすぐ裏手の路地で、今度はお母さんかな、いや、若いお嬢さんかもしれない、ツリーを抱えて家路についている。
いやー、驚いた。
もみの木は結構重いのに、さすが、パリジェンヌ、絵になるなぁ。これがパリの12月の風景だ。
どの家にも、この時期、一斉にツリーが飾られるということになる。ツリーだが、毎年、1月の6日くらいまで飾られ、その後は業者さんが回収して回る。

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」



夕暮れ時、ぼくは前のアパルトマンに割と近い一軒の花屋でついにちょうどいいサイズのクリスマスツリー(一番小さなものを探していた。ぼくでも担げるサイズ)を見つけた。
高さは1メートル50センチ程度かな。
これが一番小さなサイズのモミの木であった。
花屋のお母さんに、
「マダム、これ、届けてくれたりしないっすよね?」
と訊いたら、マダムは目をひん剥いて、大げさに肩を竦めてみせた。
「あのね、これは男の仕事だよ。パリジャンなら、もみの木を12月に抱えて家路につくの、誇りなんだけどなぁ。あんたパリジャンじゃないか」
「パリジャンです。こう見えても」
お母さんは笑った。
「すいません。在仏20年のジャポネです」
「まぁ、20年も? 立派なパリジャンじゃない。じゃあ、担いで持って帰りなさい」
「はい、わかりました。しかし、あの…」
「なにか」
「担ぎ方、教えてもらえます?」
ここで、お母さん、大笑い。あひゃひゃひゃひゃ。



ということで、腰の悪い父ちゃんだったが、これを抱えたところをお母さんに激写してもらった。
マダム、早く撮ってください、腰がぁ~~~、と騒ぐぼく。
ムッシュ~、あたしね、携帯の使い方がわからんのよ、と言いながら撮ってくれたのがこれだ。えへへ。
この直後、後ろに倒れてしまった。お、重すぎる!!!

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」



で、ちょっと仕事場に立ち寄り、殺伐とした室内を見回した。
どこに設置するか、悩んだ父ちゃん…。
とりあえず、いつも地球カレッジやってる書棚の前、ぼくの椅子の横に設置するのはどうだろう?
いいね、それはいい。
ちょうどいいことに、来週、13日に俵万智さんとの地球カレッジの講座もあるし、27日はワイン講座もあるし…。
12月のパリっぽい雰囲気を演出できるじゃないか。
おお、グッドアイデアだぁ!

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」

飾りつけは俵さんとの回の朝までにやることにするとして、とりあえず、この状態のもみの木が、ネットを外すとどうなるかだけ、皆さんに、ご披露してみたい。
ハサミで、じょりじょり~。ヴォワラー(どうだー)、こうなりましたよ~!!!

でか~~~~!

滞仏日記「もみの木を担いで帰るのがパリジャンの仕事なのだ」



皆さん、ソーシャルディスタンスをきちんと守りながら、家族愛に溢れる12月を過ごしましょうね。
このツリーの飾りつけは、また、次回に。

自分流×帝京大学
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