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滞仏日記「感染拡大日本、どうする? 息子がクールに提言した」 Posted on 2020/11/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、日本は「ここ2,3日で感染急拡大し、ステージ3になりつつある」と昼食時に息子に話した。
今日はマルシェで買った魚の切り身で作った漬けチラシ丼であった。
独り言程度に伝えたつもりだったが、「騒ぎ過ぎ」と息子はフランス語で呟いた。
「騒ぎ過ぎでもないよ。東京も連日感染者が500人超えてんだよ。東京だけじゃない、全国で急拡大している」
「ファクターXとか口にし過ぎってこと」
「え?」
「ファクターXなんか、ぼくはないと思ってる。日本人はマスク付ける習慣が昔からあったからでしょ。いい意味で怖がりというか、コロナに罹りたくないから、最初、みんな家から出なかったので感染拡大しなかっただけ。ファクターXって誰が言い出したの?」

滞仏日記「感染拡大日本、どうする? 息子がクールに提言した」



「お医者さんも科学者も、まだコロナのこと、よく分かってない人ばかりなのに」
「お前に何がわかる?」
息子は箸を止めずに食べながら続けた。
「ファクターXという言葉が独り歩きってか、言いふらされたおかげで、日本人は重症化しない、という不確かなイメージが定着したんじゃないの? みんな、結論のように口にするようになったでしょ? BCG接種のおかげで日本人は罹りにくいとか、パパもフランス人に力説してた。でも、どんな根拠あるの?」
「どこかの偉い先生が言ってたんだよ」
「もしかすると何か理由があるのかもしれないけど、普通に、日本人はマスクをする習慣があり、お辞儀文化だから、広がらなかっただけじゃないの? 科学的に解明されてない推測をどんどんメディアも放り投げるから、みんな、自分たちは重症化しない、大丈夫と思い込んで、カラオケとか飲み会とかしまくった。ほら、日本の政府は旅とかレストランとかお金出して、応援してるでしょ、あれもちょっとね」
GOTOトラベルとGOTOイートのことだ。
「そりゃあ、拡大するでしょ? 不思議じゃないよ。フランスだって、バカンス後に感染爆発したじゃない。結果、ロックダウンになった。みんな、ロックダウンは二度ないって、なんの根拠もないくせに信じ切ってた。特に、パパが」
ぎゃふん。



「騒ぎ過ぎない、煽り過ぎないことが大事、旅行のキャンペーンとか、無理してやらない方がよかったかもね。ああいうキャンペーンやると、大丈夫なのかなって思って出かける人がめっちゃ増えるわけでしょ。お得だし。それは政府の見通しが甘い。今回、感染拡大を受けて、みんながまた大騒ぎをするから、きっと政府も慌てて急ブレーキかけるでしょ?絶対かけるよ。でも、想像してみてよ。そのダメージの方がやばくない? 結局、急ブレーキがかかって、そのせいで、飲食とか観光業が一気に辛くなる。ブレーキとかアクセルは逆効果になるから、ダメ。こっそり潜り抜けていくしかないんだ。だからぼくはロックダウンにも反対なんだよ。解除したら反動が出てまた急増する。夜間外出禁止令みたいなものをずっと続けるとかね、アクセルもブレーキかけずに長い目でコロナと付き合っていくのが一番」



思い当たることがあった。
たしかに、ファクターXは、あるかもしれないけど、ぜんぜんないかもしれないわけで、昔の日本人が強いBCGを接種したから重症化されにくい、とぼくは思いこんでいたし、でも、それも誰かの受け売りだった。
実際、欧米に比べ重症化した患者の数は圧倒的に少ないので、その通りかもしれないけど、感染者が増えればやっぱり重症の患者さんも亡くなる人も増えていくのだから、イメージに振り回されるのは危険ということだ。
GOTOキャンペーンだってあれだけ人が観光地に出かけて行けば、全国にウイルスをまき散らすのは当然で、当然のことが当然の数字を生んでいるだけのこと…。
「パパ、それでも、日本の感染者の数はフランスの十分の一なんだからさ、大事なのは、今だよ。ここで、きちんと制御できるしっかりとした対策をたてればロックダウンなんていう最終手段に出なくても済む。ここでいい加減な方向性しか出せないで、あっちこっちにふらふらしているのが一番危険だと思うよ」



「でも、日本政府も、そろそろ真面目な国民に甘えているだけじゃ、どうしようもないところに来てる。ここからは政府がしっかり封じ込め政策にかじ取りしていかないと、欧米みたいになる。フランスはクリスマス、日本は年末年始が危険だよね」
そうだね、と言ってぼくらはこの話題を終わらせることにした。
フランスは10日前、9万人近くまで拡大した感染者数が、今日は2万人だった。
下がったり上がったりを繰り返しながら、でも確実にロックダウンの効果は出てきている。
来月、ロックダウンは解除される見通しだけど、レストランやカフェやコンサート会場などの封鎖は一月まで、場合によっては二月まで続くらしい。
仏首相は「何度もロックダウンをやるわけにはいかない」と緊迫した顔で訴えている。
とことん、制限を続けるということのようだけど、ようは、飲食や観光業が持ちこたえられるのかどうか、だ。どこまでの補償を国が支援出来るのか。
「パパ、日本人とフランス人を比べてみてよ。真面目な日本人だから、この程度の感染拡大で済んでる。日本人がフランス人みたいな性格だったら、今頃、日本の感染者数は十倍以上だったと思うよ。それこそがファクターXなんじゃないの? じゃあ、ぼく、学校に戻るね」
言い残すと、クールな息子は自分が食べた食器を片付けるために席を立った。 

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