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滞仏日記「家事なんかやりたくない。料理も掃除もごめんだ。ほっといてくれ!」 Posted on 2020/11/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は絶不調だった。
とにかく、毎度のことだが月に一度はやる気が必ず枯渇し、家事が一切出来なくなる。
酷いものだ。それでも這い蹲ってパソコンを開き、午前中、いくつか仕事をこなしたのだけど、昼前に、意味の分からない税金の支払い請求書(しかも、2016年の不足分と書いてある)、年金の驚くほど高額な積み立て請求書、そして作家の職能団体からの予定納税書類、などが同タイミングでドカッとメールボックスに飛び込んできたせいで、頭が一瞬でショートしてしまった。
結構、バカに出来ない金額なんだけど…、もしかしてフランスは二度のロックダウンでお金が必要なのかな、と疑ってしまった。
昼食時だったが食欲もわかない。寝室に逃げて、そのまま、ベッドに倒れ込んだ。



だいたい、ぼくは還暦を過ぎた人間なのに、本当なら、そろそろリタイアという年齢だというのに、人間回遊魚だから止まったら死んでしまう。
だから、泳ぎ続けて60年…。
見た目、若ぶっているけど、結構、喉にものが詰まりやすくなって、コロナ禍なのに、せき込むし、夜中にトイレに起きる回数も多くなったし、トイレまでの道のりがやたら長く感じるようになった上に身体が重くて足が思うように前に出ないし、トイレの鏡に映った自分がインスタにアップしているかっこつけてる自分とはぜんぜん別人で現実受け入れるのが嫌になるし、腹もそうとうに出てきたし、白髪もちょっと出てきたし、とにかくめっちゃ疲れやすいし、めっちゃ怒りっぽいし、めっちゃすぐに感動して泣くし、コロナ怖いし、もうはっきり言ってしまおう、ぼくはおじじちゃんなのだ!



おじじちゃんだというのに、休みもなく働いている。
毎日、本当によく頑張ってるのだ。
掃除機を抱えて毎日お掃除やってるし、お皿だって洗ってるし、洗濯機は孤独仲間だし、風呂掃除も、床拭きも、息子がおしっここぼしたトイレ磨きもやるし、おはようも言わない息子の進路で頭抱えているし、働いてないと不安だから、どんどん原稿依頼を受けちゃって、締め切りに追われて逃げ回ってるし、ね、最悪でしょ? 
生きていて何が面白いと言うのだ!!! ぷんぷん。



お爺ちゃん宣言をしたから、失うものがなくなったので、もう一つ秘密を打ち明けたい。
ぼくはコスプレがしたい。ネットでどこかの有名人が、あ、叶姉妹さんとかが、コスプレやってるの、あれ、すんごく羨ましい。
ぼくだってやりたい! 
きっとやっても世の中的には絶対驚かないだろうだけど、でも、大学で先生とかやってるし、いや、今時の大学は進歩的だから、もしかしたら誰からも何も言われない可能性もあるけど、でも、やっぱりコスプレをやるのは年齢的にもう手遅れなんじゃないかな、と思うと、なんだろう、ぼくの時代がもう終わっちゃったような寂しさを覚えてしまうのだ。
インスタに自撮り写真を頻繁にアップしているけど、最近、DSの編集部員さんに、「編集長なんですから、ほどほどに」と窘められたりする。
えええええええ????? 
いいじゃん、自撮りくらいやらせてよ、楽しいじゃん、自分遊び、なかなかこの年齢で出来ないだろうがぁ、とすねてるぼく…。ぷんぷん。
もう、隠居先生になるしかないの? 
もう、若々しい挑戦は出来ないの? 
年寄りは引っ込んでろとでもいうのか! 
と怒りがこみあげてくる始末だ、ベッドの中で…。ぷんぷん。



出来ることなら、不良になりたい。
リーゼントにして、ボンタンを履いていた柔道部時代の辻君に戻りたい。
あの頃は楽しかったなぁ。ボンタンって、楽だったなぁ、もう一度穿きたい!
どっかの高校の不良たちが攻めてくるというので、ラグビー部とか剣道部の連中と校門前で見張りとかやったっけ。
ダウンタウンブギブギバンドの「スモーキンブギ」とかみんなで歌ってたっけ。
ぼくは煙草吸えないくせに、スーパッパって、歌ってたっけ。
でも、もう戻れない。しかも、ここはロックダウンのパリだ。
これが現実なのだ。仲良しカフェもレストランもやってないし、そもそも、出歩けない。
夢も希望もない時代になってしまった。なんで、こんな時代なのに、周囲の目を気にして生きていかなきゃならないんだ、関係ないだろ、と思うとやっぱりぐったりしてしまう。
情けない。ぼくは絶不調なのだ。



陽が落ちて、辺りは真っ暗になったが、力が出ないので、ベッドでごろごろしていた。
とんとん、と誰かがノックをした。
「パパ、もう20時過ぎたけど、ごはんとかどうする?」
20時? あ、ほんとだ、いけね、ごはん作らなきゃ。
現実を拒否しても、現実がこうやってぼくを現実に連れ戻しにやってくる。
税金も、予定納税も、年金の積み立ても払わなきゃ。
締め切りもやっつけないと。
とにかく、その前にご飯だ。ぼくは立ち上がった。ふらふら。
身体が重い。ふらふら。
眩暈がする。今から料理をするのは無理だ。
でも、こんな時間、ロックダウン中だから、もうデリバリーを頼むわけにもいかない。
そうだ、とぼくは思いついた。日本のコンビニで買った缶詰があったはずだ。
食糧庫の中を覗くと、あった…。
冷凍してあったごはんをチンして、食卓に並べた。
「え?これ?」
「すまん。でも、うまいよ。日本のだ。ちょっとパパ、疲れた」
息子がぼくの顔をじっと見つめる。ひげが生えている。若いおっさんがここにもいた。
「うん、そういう時はぼくが作るから早めに言ってよ。仕方ない、今日は、これ食べよう」
ぼくらは缶詰をあけて、白ご飯にのせて食べた。日本の味がした。サンマのかば焼き、サバの味噌煮であった。
「美味しい。サンマ、食べたかった。フランスにはいないからね」
と息子が笑顔で言った。
まぁ、こんな日もあるね。こんな日もある。

滞仏日記「家事なんかやりたくない。料理も掃除もごめんだ。ほっといてくれ!」

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