JINSEI STORIES
滞日本日記「心配で息子に電話してみた。再ロックダウンについて息子の見解」 Posted on 2020/10/29 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、金曜0時からフランス全土で再ロックダウンが発令されることになった。
大統領の発表と同時に、心配なので、ぼくは息子に電話をした。
もちろん、彼も大統領のテレビ演説は見ていた。
「どう?」
「うん」
「ついにロックダウンになっちゃったな。どんな感じ?」
「普通」
相変わらず、クールな奴である。
あ、でも、と慌てて付け足した。
「でも、高校は閉鎖されない。通常通りやるから、よかった。パパ、ぼくはそれを一番心配してたんだ」
「ああ、うんうん、よかったな」
小中が閉鎖されないことはなんとなく分かっていたけど、高校がどうなるか、そこが一つの焦点であった。
高校が閉鎖されると、フランスの教育全体が大きく動かなくなる。
「もし、休校になってたら、成績が下がって、落第していたかもしれない」
「大げさじゃない?」
「パパ、オンラインじゃモチベーション上がらないし、やっぱ対面式じゃないと勉強って頭に入らないし、頑張れないし、先生から強く言われないと伸びないものなんだよ。だから、学校閉鎖になってたら、ぼくは終わってた」
まあ、学生にとっては切実な問題だったということだろう。
「学校があるかないか、そこが一番の心配ごとだった。来年からバカロレア試験(高校卒業資格+大学入学資格)がはじまる。ぼくらには未来がかかってるんだよ。コロナのせいで、不安定な気持ちになっていた。高校が閉鎖されていたら、相当、メンタルが落ちてたと思う。でも、学校さえ続行してもらえれば、モチベーションは維持できる。ぼく、学校や勉強が好きだ。それが出来ることの幸せに気がつくことが出来た」
息子がフランス語で言った。
「それは、素晴らしいことじゃん。パパも学校好きだった。よかったな」
ぼくは日本語で言い返した。
「うん」
息子が欧州の状況を教えてくれた。アイルランド、イスラエル、ドイツ、スペインなどがやはりロックダウンに入っている。そのほかの国でも今後、年内、ロックダウンをやるところが出てきそうだ。
「つまりね、パパ。欧州全体が冬までにロックダウンになると思う」
「やっぱりね。地続きだもんな」
「でも、オーストラリアのメルボルンは110日もロックダウンをやったんだよ。だから、今、感染者0らしい。110日のロックダウンなんかフランス人にはできない。オーストラリア人、偉いね。フランス人ももう少し忍耐力がないと。この繰り返しはよくない。ロックダウンをやっても、それが明けた途端に、感染者が増える。このイタチごっこで、いったい何軒のカフェやレストランが店を閉めることになることか」
「だな。イタリアは制限に反発する若者たちの暴動が凄いね。映像、見た?」
「うん。多分、フランスも郊外とかでお兄ちゃんたちが暴れると思うよ」
「やれやれ」
「でも、それはもう一つの世界の出来事だと思うようにしている」
「どういうこと?」
「ぼくはまだ16歳だから、世界全体を見るには若すぎる」
息子が言わんとしていることは理解できる。この急速な変化をまともに受け入れられる人間なんか、大人も含めて、いない。
ぼくが政府を責められないのは、マクロン大統領だって、まだ40代だ。
これだけのパンデミックを過去に経験した政治家は世界どこにも存在しない。
「パパ、ぼくは世界がどんなになっても、学校に行く。毎日、勉強をして、先生たちからいろいろなことを教わる。それが楽しみでもあり、今のぼくに出来ることだ」
いいこと言うな、と思った。
目の前にあることをこなすしか、コロナ禍の世界で生きることは出来ない。
人は人、自分は自分だから、周りに振り回されないで、着実に生きて行くしかないのだ。
とりあえず、この子は大丈夫だ、と安心することが出来た。
「あ、パパ。空港でPCR検査をすることになるみたいだよ」
「マジか?」
「調べた。でも、新しい検査方法になったから、短い時間で終わるんじゃないかな。飛行機は大丈夫だよ、たぶん、1、2週間は通常通り、飛ぶと思う」
「あ、今、帰りの便を早めようとしてるからね。うろうろしていると、何しに来たんだって、言われちゃうんだよ」
「仕方ないね、生きること全てを説明できないし。とりあえず、出歩かないで、おとなしくしておいたほうがいいんじゃない?」
「してるよ。あと、病院だけ行って、公式行事は終わり。で、一日も早く帰れないか、飛行機会社と相談してるんだけど、そもそも便が少ないから乗変出来る便がなくてね、早められても一日かな」
「パパ、ぼくはぜんぜん大丈夫だからゆっくりと安全に帰って来て、レテシアさんが食料も大量に調達してきてくれたし、登校もするし、スーパーは開いてるし、ある意味、普通だからさ、…。あ、アドリアンさんやパトリックおじさん、皆さんに、パパは自主隔離大丈夫だったのかって声かけられたよ」
息子と電話している間にもクリストフやロマンから「ついにロックダウン、がっかり」というメッセージが次々届けられた。カフェの経営者たちにとっては切実な問題なのである。
昨日に続いて、思わず息子と長電話が出来た。
危機がある時というのは、不思議なもので、家族の絆が強くなり、連帯出来る。
ぼくと息子はそうやって生きてきた。
結論から言うと、想定内のロックダウンであり、医療崩壊を抑えるためには必要な手段だとぼくは理解している。
息子は相変わらずロックダウンには反対なようだけど、まあ、やはり感染症の最終策はこれしかない。ご高齢の方々を救うにはこれしかないのだ。
重症患者のうち70歳以上が85%を占めていて、65歳以下が35%なのである。
ともかく、辻父子の新たな戦いが始まる。
ぼくは絶対罹らずに生き抜いてみせる。
皆さん、いつも心配してくださって、ありがとう。
我らは大丈夫!
©️Hitonari TSUJI
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