JINSEI STORIES
滞仏日記「わが息子に、世界の本質について語った。終わらない勉強会だった」 Posted on 2024/04/29 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ラストジャパンツアーを前に、息子と、いろいろ話し合った。
「この世界を、一方向からだけ見ていくのは非常に危険な時代だ。気を付けろ」
と今日、野菜カレーを作りながら、教えた。
最近、ぼくが一人暮らしだから、心配なのだろう、やたら、やって来るようになった。ラジオ・ツジビルでもその話をしたが、息子は、父のことを心底心配しているようだ。
「大丈夫だよ。三四郎がいるし」
と言いきかせるが、そばにいるよ、とやって来る。
ま、息子が来るなら、料理ができるので、気晴らしになるから、よかろう。
いろいろと話さないとならないこともあるので、カレーライスを挟んで向かい合った。
「近所に農家と結託したすごい八百屋ができたので、にんじんを買ったんだ。オーブンでグリルした。うっすらクミンをかけてある。どうじゃ」
「うん。うまい。パパは、本当に美味しいものをよく知っているね」
「そりゃあ、そうだ。だてに長く生きておらん」
今日の父ちゃんは、仙人風なのであーる。
最近、如来立像の大きな油絵の制作を開始したからね、ちょっと・・・。
息子に、最新作の「如来立像」を見せた。
「なんか白い部分に字書いている」
パパの仏像画は、絵の下に、詩を書いている。これは、命の詩、と書かれてある。
「へー、なんで?」
「絵に言霊を注入しているんだ。ところで、なぜ、この仏様は、立っているか、わかるか」
首を左右にふる、息子。
「川で人が溺れているのに、座っていたら、すぐに飛び込んで助けられないからじゃ」
「なるほど」
「立像は、つねに、人々のことを心配している現れなのだ。覚えておくがいい」
息子が、笑った。パパ、なんか、いつもと違うね。あはは。
「パパの日本での最終ライブに行きたい」
今日はここから話がはじまった。8月7日のぼくの最後の日本でのステージを観届けたい、というのである。息子がこんなことを言うのは、珍しい。
「だって、最後なんでしょ? やめるんでしょ?」
最後のツアーになる。音楽はやめないけれど、日本での興行ツアーとかはもうやらないことにした。息子が観たい、というのは嬉しかった。
「ま、考えておくよ」
「あのね、一つ、歌ってほしい曲があるんだ。ぼくがね、ECHOESで一番好きな曲。それを歌ってほしい」
「どの曲?」
「ストレンジピープル」
「ああ」
ちょっとびっくりしたのだった。
この曲は、小説「ピアニシモ」の原題になっている。ぼくという人間が相当変わり者で、子供のころ、みんなに、変な奴、と言われ続けてきたことから、生まれた曲だった。
People are strange
僕のこと 友達が噂する
この街で一番の変り者ってさ
誰よりも浮いているかもしれないけれど
同じ色に染まりたくはないだけなのさ
人は人 それぞれ ぼくは僕 僕なり
きみは君 君らしく 廻る地球で
という歌なのだ。暗いのー。
なんで、こんな曲が好きなのか、と思ったけれど、実は、ぼくの本質はここにあった。
小説「ピアニシモ」は、いじめにあっていた転校生が、自分の分身と生きる話である。
我が息子に、父親の本質の一部が伝わっていたのだ、と思って、ちょっとだけ、うるっとした瞬間でもあった。
45歳も年が離れているのに、こいつ、反抗期を通り過ぎても、親の背中を見ていたのか、と思って、ECHOESに感謝であった。
「パパはね、田舎で、畑でも耕して、自分で育てたものを食べて、命を大事にして、たくさんの仏像の絵を描いて、最後の瞬間までつつましく生き切りたいんだ」
「・・・・」
「パリを完全に離れて、自然が豊かな田舎に引っ込む」
「・・・・」
「パパはね、たくさん、世界を見てきた。しかし、この世界についてだが、みんな綺麗なものしか見てないし、表面ばかり追いかけている。見えてないものがたくさんある。一生、流行ばかりおいかけていけない。一方で戦争があり、不平等があって、地球がぼろぼろになっているのに」
「そうだけど、ぼくはまだ若いから、パパみたいに仏像を描いて生きていくことはできないよ。でも、パパが仏像を描くのは正しいかもしれない。いろいろな世界を観ないと描けないものがあるし、たしかに、見えないものがあるよね」
「おい、このカレーライスだけれど、よく見てみろ。このにんじんは、オーブンで火を入れただけだ。でも、甘くて、どんな料理よりも美味い。このレンコンを齧ってみろ、こりこり、触感が素晴らしい。この自然な卵とごはんの調和、どんなものにも負けないうまみがある。この緑がなにか、わかるか?」
「何、葉っぱ?」
「これは、このにんじんの葉だよ。にんじんの葉をみんな捨てる。でも、実は、無農薬で育てられたにんじんの葉は、ごちそうなんだ」
「美味い! どうやって、作るの?」
「フライパンで炒っただけだ。雑魚をちょっと入れてふりかけにする。三ツ星レストランで出される最高の料理を毎日食べたいと思うか? あれは、たまに食べるから素晴らしいのであって、日々の生活の中には不要なものだ。金持ちが食べてればいい。本当の食生活は、自然とのバランスの中にこそある。このカレーライスは、全部、農家から届いた野菜で作った。食べればわかる。こんなにうまいものはないんだ。これが、本当の世界、なんだよ。わかるかい? 」
「・・・・」
「この丸い星のようなプレートの中に、宇宙の調和がある。美味しいということは、パパには信仰はないが、宇宙を創造したものによって与えられた本質なんだ」
「・・・・」
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
仙人父ちゃんは、カレーライスがなんで、こんなに美味しく感じるのか、を息子に教えました。彼は理解できたようです。それが彼を作り、彼の食生活の基本になります。ぼくにできることはここまでかもしれませんが、いつか、息子が息子の子供たちに、このカレーライスの本質を語る日がくるかもしれませんね。
さて、父ちゃんが、DJになって、好きなラジオをがんがんやりますよ。この5月5日から。どんどん、面白くなっていく感じです。
コンサートツアーは最後になりますが、ラジオで会いましょう。
ツジビル村営放送、ラジオ・ツジビルに関しては、こちらから・・・。
☟☟☟
5月26日に、エッセイ教室をやります。正式募集は、5月1日ですが、課題は「お弁当」エッセイです。エッセイ好きなみなさん、今から課題取り組んでくださいね。
詳しくは、とりあえず、こちらをご覧ください。
☟☟☟
https://www.designstoriesinc.com/wp-admin/post.php?post=52012&action=edit
それから、それから、
フランスツアーが6月に行われます。
パリは、ベルビルにある老舗の劇場「Le Zebre」にて行われます。チケットが発売になりました。在仏、在欧の皆さん、お時間があれば、ぜひに。
☟☟☟☟☟
●6月30日、パリ、Le Zebre チケットはこちらから、どうぞ!
☟☟☟
https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-paris-concert-le-zebre-30-juin-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301135.html
そして、7月3日、リヨン、La Marquise
なぜか、パリの会場よりも、売れています。売り切れる前に、お早目に!笑。
チケットはこちらから、どうぞ!
☟☟☟
https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-lyon-concert-la-marquise-peniche-03-juillet-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301835.html
●7月20日から7月28日まで青山・新生堂画廊にて、個展!
●9月後半、コルシカ、アジャクシオ、ライブ。(ライブは、だいたい、9月25,26日のどちらかになります。作家としての登壇も予定しています)