JINSEI STORIES
リサイクル日記「甘党男子大推薦、パリで話題のケーキたち」 Posted on 2022/11/07 辻 仁成 作家 パリ
ぼくは無類の甘いもの好きだ。
自慢じゃないけど、パリの名だたるケーキ屋はほぼ制覇した! えへへ。
自分も趣味でケーキを作るので、ケーキ有名職人の作るケーキを食べ歩きし研究したりもする。
名だたるパティシエのケーキを食べ比べするのも楽しみの一つだったりする。
ケーキに順番は付けられないけれど、今現在、このパリでもっとも好きなケーキはフィリップ・コンティシーニのプラリネのタルトである。
濃厚そうなプラリネ・クリームがナッツ類で覆われている。
一見、素朴なケーキなのだけど、食べて驚いた。
実は、公園のベンチで老夫婦がこれを食べながら、感動の唸り声を連発していて、ぼくはたまらず、そんなに美味しいのですか、それはどこの何というケーキですか、と質問をして、コンティシーニの存在を知ったのだ。
ル・ボンマルシェにほど近い彼の店でプラリネケーキをゲットし、同じ公園のベンチに座って食べたあの最初の感動は忘れられない。
濃厚なのに広がりがあり、口の中で溶けながら、同時にアーモンドなどナッツの香ばしい触感が二層の喜びを届けてくれる。
まさに天才が生み出したケーキであった。
ちなみに、コンチシーニは時々、問題作も作るので、ぼくは結構用心して買うのだけど、笑、というのは想像の上を行くケーキを平気で生み出す、ある意味芸術家肌の天才なのだ。
そういう斬新なものとは別に、たとえば、サントノーレのタルトなどは斬新とオーソドックスの融合で、驚いた。
サントノレ―をタルトにしてしまうところが天才なのである。ちょっと濃厚な生クリームとサクサクタルトの奏でるハーモニー、たまらなかった。
もう一つ、パリブレストといういわゆるフランスを代表する超濃厚歴史的クリームケーキが、逆に、さらっと、あっさり優しいクリームで仕上げられていて、想像をまた、超えた。やっぱ、天才だ。
やばかった作品もたまにあって、どうしてこれをこう組み合わせ出すかな、無理、というのもあり、でも、そういうチャレンジ精神は好き。えへへ。
ピエール・エルメの「イスパハン」と「アンフィニモン・バニラ」はママ友たちの好物で、サンシュルピュスにある彼の店までよく買いに行ったものである。
イスパハンはまるでケーキの香水で、本物の薔薇の花びらがケーキの一部のようにデコレーションされていて、もちろん、それも食べられる。
ぼくは食べないけれど…。
バニラタルトの方は日本のケーキ屋さんもこぞって真似をするくらいの名作だけど、なかなかこの味には届かない。
深みのあるバニラと書くのは簡単だけど、ただバニラを使えばいいというものでもなく、控えめなクリームの中からぐんとせりあがるようなバニラの香りに圧倒される。
*ピエール・エルメとの対談はこちらから。
↓
https://www.designstoriesinc.com/special/interview_pierre_herme1/
パリのケーキ業界はここのところ乱立気味で、ある意味戦国時代かもしれない。
若手の台頭も甚だしく、セドリック・グロレ、ヤン・クヴラー、ミシャラクなど、話題に事欠かない。
でも、ぼくは個人的に有名なパティシエのケーキより、庶民的なケーキの方が好きだったりする。
ワインとかウイスキーなんかは年代とか葡萄の品種にこだわりがあってもいいのだけど、ケーキを食べる時にあまりうんちくを語っても疲れるだけだから、というのか、日々の疲れを癒すために頂くケーキにうんちくはいらない。食べた時に、うまいなぁ、と思えるもので十分なので、そういう意味ではパン屋さんが作るケーキの方が、値段も手ごろで、毎日食べても飽きない。たとえば、有名シェフがセカンドラインとしてはじめたパン屋、ティエリ・マークスの「サバラン」や「レモンタルト」なんかは毎日でも食べられるような軽さと余計なことを考えずに直に楽しめるエンターテインがある。(残念、写真がありません)
「ババ」といえば老舗のストレーであろう。ここからこのケーキの歴史は始まった。とってもシンプルで王道の「ババ」が食べられる。
変わり種としてはすい星のように出現して今やパティシエ界の重鎮となった、シリル・リニャックの「エキノクス(昼夜平分時)」昼と夜の長さが一緒という奇妙な名前のお菓子だけど、まるで建築家のようなデザインと色には最初圧倒された。
この期待を裏切らない非常に知的なケーキで、こういうものが存在するのもパリだからであろう。
シリルを信奉する人も多くて、彼がパリジャンらの心をくすぐるそのアート感覚になるのかもしれない。
しかし、生クリーム好きなぼくは美味しい生クリームさえあればよかったりするので、「サントノーレ」のような余計なことを言わせない圧倒的なクリームのケーキとかに翻弄される。
この手のケーキだとラデュレのが軽くて美味しい。でも、だいたいどこも裏切らないし、実にフランス的なケーキだと思う。日本のショートケーキのような人気を誇っている。
そういえば日本のショートケーキはこちらにはない。日本のパティシエの人たちが持ち込んで一時期話題にはなったけど、根付かない。
わかる気がする。和食と洋食の違い、と簡単に分析してしまうのは危険だけど、つまりはその差なんだと思う。
日本のショートケーキはフランスでは物足りないお菓子でしかない。ぼくは不二家のショートケーキで育った世代だから、クリスマスは不二家があれば幸せだった。年を取ると面倒くさくなる。
ところで、今年、ぼくがもっとも興奮をしたパティスリーは、ユーゴ&ビクトールの栗のミルフィーユである。
普段のミリフィーユをイメージして一口、口にした途端、ひゃああああああ、と飛び上がった。
中央に栗のクリームが挟まっていて、練りに練られた傑作なのである。ここのサントノーレも絶品だった。
そして、最後に、今もっとも輝いている日本人職人によるケーキとチョコレートと言えば、マレ地区にある、レ・トロワ・ショコラがおすすめである。