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リサイクル辻食日記「スペインが好きならセビリアに行かないで語るなかれ、美味探訪の旅」 Posted on 2023/12/22 辻 仁成 作家 パリ

ということで、旅をするとぼくは必ずその土地の誰かと知り合いになる。(この日記は、たぶん、2019年に一度掲載されたものの再登板となる)
そして、旅先で必ず行くのがその土地の市場、マルシェなのだ。
セビリアには三つの大きな市場があり、ぼくはそのうち二つに足を運んだ。
まずは宿に近かったので、有名なエンカルナシオン市場に行った。
セビリア市のシンボル的建造物メトロポール・パラソルの下にあり、市場らしからぬ近代的な生活感のない場所で、どちらかというと地元民向けというより、観光客向けの高級食材店施設であった。
入った瞬間にここはぼくには関係ない場所だと悟った。
とにかく、観光客しかいない。
そういう場所には興味がない。ただ、綺麗なので、見物にはちょうどよかった。
こういう世界もあるのだ、と目の肥やしになる。
しかし、10分後、ぼくは次の市場へと向かった。
ぼくは人間が見える、生活を感じる、人間臭いマルシェにしか興味がない。



リサイクル辻食日記「スペインが好きならセビリアに行かないで語るなかれ、美味探訪の旅」

そこから徒歩で15分ほどの住宅地にあるフェリア市場はセビリア市内で最も古いムデハル教会に隣接し、規模も小さく、とてもじゃないがこぎれいとは言えない。
とうぜん、ご近所さんらが集う超庶民的な市場だ。
ぼくは、喜んだ。
この汚い感じがいいんだ!!!!

魚屋の棟、肉屋系の棟、八百屋系と狭いが三つに分かれている。
魚売り場セクションにはその場で食べることのできるフードコートのようなものが隣接されていたが閉店中で、或いはもうやってないのか、その栄枯盛衰なサビれた感じもかなり趣があった。
そこでぼくはアントニオと出会った。
笑顔の素晴らしい、活力あるおっさんだった。
なんか、めっちゃ旨そうな生ハムを持ってる!!!!!!
おお、おっさんずラブに出てきそうだ、と思ったとたん、ぼくの相好が崩れた。

リサイクル辻食日記「スペインが好きならセビリアに行かないで語るなかれ、美味探訪の旅」

※ だれかに、似ていますよね。なんか、懐かしい顔なんだよなァ。



アントニオは表通りに面した角地の肉屋で働いている。
オーナーが70代と高齢なのでどうやら店をある程度任されてるようだ。
この店には裏手にベジョータ・ハムを販売する立ち食いコーナーがあった。
「飲めるの?」というと「シー」と返って来たので、楽しくなり、ぼくは朝っぱらから生ハムをつまみにカヴァ(泡)をあおった。
アントニオは忙しいのにたくさん話しをしてくれた。
前の奥さんのおばあちゃんが日本人で「としこさん」というところまで…。
(ということは前の奥さんも日本人??? よくわからなかった)
いつの時代の人で、どういうご縁でその人たちはスペインと関係があったのだろう、とぼくの空想が膨らんだ。
アントニオはぼくにベジョータの魅力を力説してくれた。
足のつま先が黒いのが特上のベジョータのブラックラベルでそれはかなり美味い。
もちろんかなり高い。
で、彼は「ショルダーの方がもうちょっと安いし、実は美味いのでお勧めだよ」と教えてくれた。
確かに美味しかった。
でかいイチジクみたいな大きさのオリーブや塩揚げしたアーモンドなんかも出してくれて、ぼくは朝からご機嫌になった。
こういう出会い、こういう食とのめぐりあわせ、これは庶民的なマルシェでしか、味わえない、醍醐味なのである。

リサイクル辻食日記「スペインが好きならセビリアに行かないで語るなかれ、美味探訪の旅」

何より、アントニオの人柄がいい。ぼくが市場の通路で一人飲んでいると、近所のおじいさんがやって来て、ここは美味いんだよね、君は心得てるね、と自慢して帰っていった。
うんうん、ぼくは心得ているんだ、とぼくは頷いておいた。
嬉しい!!! ひゃっぽー。
そのおじさんが退役軍人みたいな感じで、とっても絵になったのだ。



旅というのは誰と知り合い、仲良くなるか、でぜんぜん醍醐味が違ってくる。
史跡巡りとか一切興味がないのでぼくは旅行に行ってもいわゆる観光はしない。
そもそも、ぼくがなぜ、旅をするのか、それは、「美味しいものと出会うため」なのである。
史跡巡りなんか、ほぼ、(それほど)興味がない。美味しいものの横にある古い教会に過ぎない!!!!

で、だらだら旧市街を歩き続け、地元民が出入りしている店を探し出しては、そっと忍び込み、ついでに仲良くなって、その土地のものをしこたま食べ漁っている。
料理好きなので、こういう旅はいわば新しい味やレシピを求めての旅でもある。
そうすると身体全体がその土地の素晴らしさを悟ることになる。
セビリアは豚が美味かった。
豚肉のウイスキーソース掛けはとくに絶品であった。

リサイクル辻食日記「スペインが好きならセビリアに行かないで語るなかれ、美味探訪の旅」

「来年、またね」
ぼくはアントニオと握手をしそこを離れることになる。
食べたものよりも、誰と出会ったか、で旅というものはぐんと素晴らしくなる。
まず、地元民に愛される市場へ出向き、誰かと仲良くなり、そこでしか食べられないものを食べて、そこからスペイン人を知る、これが辻流の最高の旅の楽しみ方なのである。

さてと、やっぱ、セビリアに絶対行きたいよね! フラメンコ踊りたい!!!!

リサイクル辻食日記「スペインが好きならセビリアに行かないで語るなかれ、美味探訪の旅」

※ ええ顔しているよなーーーーー。あんとーにおーーーーー。



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