JINSEI STORIES
「パリで頑張る日本人シェフ」 Posted on 2019/12/27 辻 仁成 作家 パリ
パリで日本人を見かけなくなって久しい。ぼくが渡仏した18年ほど前はアジア系といえば一番目立っていたのが日本人で、オペラ地区に足を踏み入れると、ここはパリかと思うくらい日本人で溢れていた。日本の企業の駐在員の数も半端なかった。ところが昨今は駐在員さんも驚くほどに見なくなり、留学生も観光客も激減という状態である。かわって、中国人、韓国人の方々ばかりとなった。実に寂しい。日本語が聞こえてこないパリがここのところの常識となった。特にオペラ地区に日本人がいないのだ。ところがその寂しい状況にありながら、唯一頑張っているのが日本の料理人たちである。
フランス人のファンも多く、日本におけるフレンチは一つの世界を確立したかのようだ。その代表的なシェフの一人が七区にあるレストラン、「ES」の本城昴結さんであろう。ぼくも友人の料理評論家に紹介されてたまに食べに行く。一つ星レストランなので、たまにだけど…。これはなかなかフランス人にはまねができない料理であろう。しかし、ぼくの会計士さんの奥さんは不満があるようだ。「とにかくおいしいけど、量が私には少ない」ところがぼくのような食べることに貪欲だけど食の細い人間には実に計算されたいいバランスで、残さず食べることが出来る。そして、余韻を大事にする日本人には高評価なのである。
三ツ星レストラン「アストランス」で長年修行をされた実力派で、ESも2014年にミシュランの一つ星に輝いている。彼のインタビューなどはネットで拾えるので参照してもらいたいけれど、あの繊細さは独特で、ぼくは特にこの時期に出る「牡蠣」のフリットにノックアウトされた。どうやら定番のようで、これに巡り合える日はなんだか嬉しい。味付けの中にどこか日本人には懐かしい和風味というものを感じるのだけど、そこが出過ぎることなく、絶妙なバランスで溶け込んでいて、料理好きなぼくは思わず唸ってしまう。最近、素直に人が作るものを食べることが出来なくなったのだけど、ここまで技術を持っている人の料理というのはひれ伏すしかない。毎回、食べながら微笑んでいる。はじめて食べた時のインパクトが大きかったので、二回目になると期待の方が大きくなってしまう料理人なので、この人の場合、そこがウイークポイントになるのかもしれないけれど、だからこそ、今年はどうだろう、と食べに行きたくなるシェフであることは間違いない。
それにしても日本人料理人の活躍は凄い。毎年ミシュランを賑わせている。当サイトでもミシュランの副社長、ベルナール・デルマス氏のインタビューしたことがあるけれど、正直、ぼくは星付きであるかどうかはあまり興味がない。ミシュランの活動には興味があるけれど、星があるから行くのじゃなくて、気が付くと、気になる店が星付きだったということの方が多い。むしろ、星がないけど、凄く評価できる店も多い。フランスにはミシュランに対抗してゴーミヨーという美食雑誌があって、ここの評価基準も面白い。もっとあってもいいけど、ただ、なんでも点数で評価するのはやめてもらいたい。料理の世界で生きる人たちもそういうことに囚われずに自由にできるといいよね。本城さんのように期待されてしまうと星の輝きを無視できなくなるのだろう。フランスでも、もう星に左右されずに料理をしたいというシェフたちも多くて、あくまでも基準一目瞭然なのに。今年、最後の大物の料理は大変にぼくを満足させた。
追記。で、最後のメインのお肉なのだけど、あまりに美味しそうで、気持ちが急いて、一口食べてから、めっちゃうまい、と騒いだ後に写真を撮ってなかったことに気が付いてしまったのである。食べかけで申し訳ないが、逸る気持ちを抑えることが出来なかった証拠を掲載しておく。。