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パリ最新情報「フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーが暮らした家、記念館として120周年を迎える」 Posted on 2023/05/16 Design Stories
パリで最も古く、最も美しいとされるヴォージュ広場(La place des Vosges)。
1605年に整備された広場とそれを囲む赤レンガの対比が目に美しく、残された回廊には懐古的なカフェ・アートギャラリーが軒を連ねる。
ヴォージュ広場の一角には、フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーが暮らした家がある。
彼の没後、1903年には子孫や寄付者らの好意によって記念館に生まれ変わっていた。
今年はその開館からちょうど120周年に当たるということで、現地では今、ヴィクトル・ユゴーの功績を称えたアニバーサリー展が開催されている。
ユゴーの類い稀な才能は、文学だけに留まらなかったようだ。
アニバーサリー展では彼の著書にまつわる写真、版画、デッサンのほか、ユゴー自身が制作した絵画・家具なども特別に展示されていた。
合計では約230点もの作品が並んでおり、常設展と合わせれば入場無料とは思えないほどのボリュームだ。
※『満月』、ヴィクトル・ユゴー作。絵の才能も人並外れていた。
元は貴族邸だったというヴィクトル・ユゴーの館。
彼は1832年から16年間、妻と4人の子どもたちとここで暮らした。
引っ越し当時、ユゴーはまだ30歳だった。
とはいえ十代から頭角を現し始めた彼には、最初に出版した詩集『オードと雑詠集』が当時の国王ルイ18世の目に留まり、特別な年金を与えられることが決まっていた。
また通常であれば熟年期に授かるフランスの勲章「レジオン・ドヌール章」を、ユゴーは23歳の若さでもって受勲している。
※文化人たちとの交流の場だったサロン「赤の間」
公には栄華を極めたユゴーだが、プライベートでは辛酸を嘗めた。
この家で暮らしていた間に妻アデルの不実が発覚し、19歳で結婚したばかりの長女、レオポルディーヌがセーヌ川で事故死してしまう。
悲嘆にくれた彼は、後に俳優のジュリエット・ドルエと生活を共にするようになる。
ふたりは室内装飾という共通の趣味で繋がっていたそうだ。
こうしてユゴーの館では、「装飾美術家」としての一面を持つ彼の知られざる才能が完璧に復元されている。
※コレクター、インテリアデザイナーとしても才能を発揮したユゴーのシノワズリ・サロン。家具の一部はユゴーがデザインした。
フランス文学史上屈指の名作、『レ・ミゼラブル』の執筆もこの家で始まった。
しかし同時期に政治活動にも身を置くようになったユゴーは、ナポレオン独裁政治の反対者となりベルギーへと亡命する。
19年の亡命生活の後、パリ16区に戻ったユゴーは83歳で息を引き取った。
なお彼の葬儀は国葬となり、フランスの偉人たちが眠る「パンテオン」に埋葬された。
※終の棲家はパリ16区。ユゴーの寝室は16区の家から記念館に移送された。
今回のアニバーサリー展は5月10日から9月3日まで開催されており、入場は無料となっている。
またこの期間の週末にはバイオリン奏者による美しいメロディーを聴きながら、併設のカフェでゆっくりとコーヒー&スイーツを楽しむことができる。
このように作家、政治家、詩人として活躍しただけでなく、絵や装飾の才能も有り余るほどにあったヴィクトル・ユゴー。
類い稀な表現者が黄金期を過ごした家が、ヴォージュ広場の一角で今も呼吸を続けている。(オ)