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パリ最新情報「セルジュルタンス、ノスタルジックな金木犀の香り」 Posted on 2021/10/23 Design Stories
秋になると、どこからともなく漂ってくる香り、金木犀。
日本では公園や神社などでよく見られるが、フランスにはない。
植物園もしくは園芸好きな人の庭以外では、めったに見かけることのない花なのである。
しかし日本人にとって、金木犀の香りはノスタルジックな気分にさせてくれるものだ。
子供時代のあれこれを思い出したり、「日が短くなってきたなあ」と秋を感じてみたり。
海外在住の日本人には、金木犀は「プルースト効果」のある香りと言えるかもしれない。
(※「プルースト効果」…特定の香りを嗅ぐと、脳のある部分が刺激されてその香りを嗅いだときの体験や記憶が蘇ってくる現象。フランスの文豪、マルセル・プルーストの著書『失われた時を求めて』に由来する)
甘くもったりとした香りが特徴の金木犀、その匂いが届く距離は花のなかでも一番とされている。
フランスに存在しない香木ではあるものの、最近ではルイヴィトンやロジェガレなど、大手ブランドが金木犀をテーマにした香水を続々と発表している。
やはり、嗅覚の芸術家、フランス調香師がこの香りを見逃すことはなかった。
一方、パリに本店を置くセルジュルタンスは、これほどの“金木犀ブーム”が起こる10年以上も前に、金木犀をテーマにした香水を生み出している。
セルジュルタンスは、香水プロデューサー、ヘアメイクアップアーティスト、写真家などの肩書を持つ人物。1980年代には資生堂の広告も手がけていた。
彼の創る香りは哲学的で色気があり、ファッションブランドが打ち出す香水と一味も二味も違う。
ニッチフレグランスのなかでは一番フランスらしいエスプリが効いているブランド、と言えるだろうか。
そしてルタンス氏の右腕として活躍するのが、専属調香師のクリストファー・シェルドレイクである。彼もまた日本で仕事をしていたそうで、2人の出会いは日本だった。
そんな2人がタッグを組んで生み出した金木犀の香りが、「Nuit de cellophane(ニュイ・ドゥ・セロファン)」(=セロファンの夜)なのである。
それにしても、セロファンの夜とはどういうことだろう。
セルジュルタンスにはこのようにひねったネーミングが多い。
「Nuit de cellophane」については、ルタンス氏が経験したモロッコ・マラケシュでの星空にインスピレーションを受けたものだとされている。
猛暑のマラケシュにおいて、満天の星空と虫の鳴き声に感動した彼は、「この瞬間の空気や風情をすべてラッピングしてプレゼントしたい」…そんな感情を抱いた。
そしてこの光景を香りに昇華したのが、「Nuit de cellophane」だという。
夜向けのアラビアンな香りがするのかな?と思いきや、そのライトさにまず驚く。
トップノートからラストノートの変化は特になく、徹頭徹尾、金木犀の香りが穏やかに続く。
結論から述べると、「Nuit de cellophane」はその複雑なネーミングとは全く逆の、優しくうららかなフローラルノートである。
ただ、優しさにもいろいろな種類がある。
香りを擬人化するならば、これはもともと優しい人なのではなく、物言うアクティビストが角が取れて優しくなったというような、“丸い”香り、と言えるだろうか。
若い頃は血気盛んで手が付けられなかった男性が、痛みを理解し始めるような、愛を与え始めたがるような…。
しかし穏やか一辺倒というわけでもない。
ムスクの香りがそうさせるのか、少し「内に秘めた熱情」を醸し出しているのも人間味があってセルジュルタンスらしい。
大人の男性が1人ジャズバーでこの香りを携えていたら、きっとかなりの人が振り向いてしまうかもしれない。
そして、静かで丸くて、神秘的で、粋なその香りには、「欲」というものが全くない。
パンデミックを生き抜き、日々の生活をこなす私たちにとって、「Nuit de cellophane」の毒のなさ、寄り添うような優しさはありがたい。
そのあまりの透明感に、「いつの間に駆け足が自分のペースになっていたのだろう」と、己をいたわりたくなる。
「Nuit de cellophane」は、なんとなく全てをフラットにしてくれるような、今、無意識に手に取ってしまう香り、嗅ぎたい香りなのである。
ユニセックスタイプで、30代以上の大人にぴったりとハマる綺麗な1本だ。
実は、ルタンス氏は完成した「Nuit de cellophane」を試して、日本の京都で過ごした夜を思い出したそうだ。
ご本人も金木犀の香りでプルースト効果が発動してしまった、というのは大変興味深い話である。
フランスでは金木犀を直に愛でることはできないが、こうして金木犀の香りが注目されているのはちょっと嬉しい。
抹茶や柚子のように、もしかしたら次なる「日本の香り」として流行するのかもしれない。(聖)