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パリ最新情報「ミシュランの星にまだ価値があるのか?」 Posted on 2020/01/20 Design Stories  

フランスの料理界に激震が走った、というニュースが全世界を駆け抜けた。それは本当に激震だったのか? 私たちは逆に、この格付けシステムに人々がちょっとうんざりしているという行間を、その記事の中ほどに見つけることが出来る。フランス料理界は変わりつつあるということで、ミシュランの星の権威に飽き始めた美食家たちにとっては激震ではなく、何をいまさらというニュースでもあった。

55年間にわたり、ミシュランガイドの格付けで三ツ星を維持してきた、フランス、リヨン郊外にある三ツ星レストラン「ボキューズ(ローベルジュ・デュ・ポン・ド・コロンジュ)」が星を一つ落とし二つ星になった。そのシェフであったフランス料理界の巨匠ポール・ボキューズは2018年、91歳で亡くなったばかり。

1959年、ボキューズは両親からレストランを受け継ぎ、1965年にミシュランガイドの三ツ星を獲得してから2019年まで55年間、フランス料理界のトップに君臨し続けた。フランス料理界では「神」のような存在でもあった。しかし、1月17日、ミシュラン社は「クオリティは変わらず素晴らしいままであるが、三ツ星のレベルではなくなってしまった」と結論づけた。

レストランを受け継いだ家族とレストランチームは「動揺している」としつつも、「ポール・ボキューズが残した魂だけは絶対に失わないつもりだ」と声明を出した。じつはポール・ボキューズが星を失うのではないかという噂は数年前からあったし、美食家たちの間からも当然そういう指摘が出ていた。

これまでにも、三ツ星を失ったシェフがその理由を巡って裁判を起こしたり、ガイド発売前日に自殺したシェフがいたり、ミシュランガイドが料理人たちに与えた影響は少なくない。星を維持するためには、神経を削り、お金と時間を注ぎ込んできたシェフたちは、その苦痛をしばしば吐露する。獲ることよりも、維持することが大変なのだ。だからこそ、もうミシュランじゃなくてもいいんじゃないのか、というシェフたちも登場するのは当然のことであった。星を返還するレストランやシェフも現れた。ミシュランガイドは120年という歴史があるが、その間に時代は変わり、フランス人や世界の人々の食の好みもかなり変わった。

パリ最新情報「ミシュランの星にまだ価値があるのか?」

※ この写真はパレ・ロワイヤルに出来たボキューズのブラッセリ



今、フランスではレストランよりも「ビストロノミー」と呼ばれる新たなムーブメントの勢いがすごい。ガストロノミーとビストロの中間に位置するビストロノミーというカテゴリーが確立しつつある。90年代はじめ、高級フレンチで修行を積み、名実ともに実力を持つシェフ、イヴ・カンドヴォーヌが「ぼくがやりたいのは高級店並みの質を保ちつつ、みんなに来てもらえるようなカジュアルなお店」と、ちょっと街の外れにカジュアルなレストランをオープンさせたことが先駆けとなった。その店は高級レストランに劣らない料理がお手頃な値段で食べられるとあって、連日大賑わいとなった。テーブルにはクロスもなく、接客も料理もいたってカジュアル。だけど、その一皿一皿には質の良い食材とシェフの技術が込められている。肩肘張らずに本物のフレンチを楽しめる新しいタイプのガストロノミー・レストランだ。もはや、みんなが求めるのは高級レストランのフランス料理だけではない。「星」の条件なども考えて、そこにこだわり続けるミシュランガイドの存在はやはり時代遅れなのかもしれない。実際に若手の有名シェフ、シリル・リニャッックが星を拒否したり、料理界のミシュランに対する考え方も変わってきている。ミシュランは新しい舵取りをする必要がある。そのことに気づかされたミシュランガイドが、ボキューズ問題で話題を作り、生まれ変わろうとしているようにも見える。ミシュランがやって来たことにはいい意味の方が多いけれど、それが全く時代的でないことを実はフランスの美食家たちは気づいてしまっているのである。

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