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パリ最新情報「パリ市、2023年をオスマン・イヤーに決定。オスマン男爵の就任170周年を記念して」 Posted on 2023/04/03 Design Stories
現在のパリを構築したジョルジュ・オスマン男爵が、セーヌ県知事に任命されてから今年で170年が経つ。
そんな節目を迎えたパリ市は、2023年を「オスマン・イヤー」と決定し、男爵の功績を称えたイベントを数多く用意していると発表した。
パリ市の徹底した建物規制、世界でも一、二を争う美観、そして象徴的な大通りの数々はすべて、オスマン男爵が決めたものだった。
彼を知事に任命したのはナポレオン3世である。
近代化された当時のロンドンを羨望したナポレオン3世は、ロンドン以上に美しい都市作りを計画し、オスマン男爵にパリ改造を命じた。
これが今から170年前の、1853年の出来事であった。
※パリの建物はオスマン建築と呼ばれる。
ところが近年の研究ではこのオスマン建築が、図らずも「気候変動に適した構造」であることが分かってきたそうだ。
例えば、パリのアパルトマンは隣同士の壁がくっついている(壁の45%を共有している)。
これには断熱効果があるのだが、同時に太陽熱が当たる面積も低くなるため、夏に建物全体が蒸し風呂状態になるのを防いでくれるのだという。
またパリの大通りもポイントだった。
というのは、170年前のパリが車通りのためではなく歩行者・馬用に設計されていたため。
オスマン男爵は当時、主要拠点間をショートカットする大通りを造った(リヴォリ通り、オペラ大通りなど)。
こうした街路整備の目的には、馬車交通の円滑化だけでなく日照・通風の確保もあったそうだ。
そのため170年後の現在ではこの風通しの良さが功を奏し、パリのヒートアイランド現象を最小限に抑えてくれている。
※それでも夏のパリは暑いが、大通りがなければもっと酷かったという。
また各アパルトマンに設定したフロアの数、天井の高さ、階別の特徴は、形を変えて現代に溶け込んでいる。
例えば0階(日本でいう1階)は当時、富裕層向けのロビーもしくはダンスフロアであった。
これが現在では広さを活かしてカフェやブティックに変貌している。
またフランス式1階〜2階は家賃が最も高く、超富裕層、商談室にも使われていたため天井や窓が高く、ラグジュアリーであることが多かった。
そのため1階〜2階は今、オフィスとして機能しているのがほとんどで、居住用ではない別の使い方がメインとなった。
つまり時代が変わっても、特に大きく改造する必要がない、というのがオスマン建築の利点なのである。
ただ現代の問題は、灰色の屋根が、屋根裏部屋をサウナ室に変えてしまうことなのだそうだ。
パリの屋根裏部屋はメイド・ルームとして使用されることが多く、長期滞在のために設計されたものではなかった。
今はフラットとして貸し出すところも多いが、灰色(鉛製)の屋根は太陽熱を一気に集め、夏の屋根裏部屋をサウナ化してしまう。
そのため現在では灰色の屋根を白に塗り替えるなど、いくつかの調整案が仏専門家から上がっているのだという。
オスマン男爵はよく、前衛的な人物だったと称される。
しかし男爵が170年後の気候変動まで頭に入れていた…とはさすがに考えにくい。
あの時代の社会問題はもっぱらコレラであったほどだ。
ただ、仏建築家のフランク・リールジン氏は、オスマン男爵がバイオクリマ(自然からインスピレーションを得て、人間の快適さを向上させること)を実践していた人物だと語る。
男爵が就任してから今年で170年。
パリではちょうど今、緑化やセーヌ河岸の整備など、オスマン男爵のポリシーに現代のテクノロジーを組み合わせた、21世紀型の都市開発が進んでいる。(内)