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パリ最新情報「パリに新しい美術館がオープン!ブルス・ドゥ・コメルス=ピノー・コレクション」 Posted on 2021/08/14 Design Stories
フランスでは新型コロナウイルスの影響により昨年10月29日から半年以上、美術館が閉鎖されていた。今年5月19日にはカフェ、レストランと時期を同じくして営業が再開されたのだが、3か月経った今、パリは少しずつ元気を取り戻しているように見える。
5月22日にオープンとなったパリの新美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」は、同1区にあるデパート「ラ・サマリテーヌ」と同様、ロックダウン後のパリを活気づけている。
かつて穀物の取引所だったというブルス・ドゥ・コメルスは、16世紀から続く由緒ある建造物である。日本人の建築家、安藤忠雄氏によって設計・全面改装が行われた。在パリの建築事務所NeM、歴史的建造物の修繕を専門とする遺産建築家らもチームに参加し、2017年の着工から約3年を経て完成に至ったという。
そしてこの美術館はただ新しいというだけでなく、個人が保有するコレクションを集めた私設美術館としても話題となった。オーナーは、グッチ、サンローラン、プランタンなどを抱える世界的ラグジュアリーグループ「ケリング」の創業者であるフランソワ・ピノー。半世紀をかけて約1万点以上の現代アートを収集してきた彼は、パリで自らの美術館を開くことが長年の夢だったそうだ。
神殿のような建物をくぐると、まず、360度にぐるりと巡らされた絵画が目に入ってくる。世界五大陸における商取引の様子を描いたというこの作品は、実はキャンバスに描かれたものをドーム型の壁面に貼り付けたものだという。
ルーブル美術館やオルセー美術館といった国立美術館に比べると規模は小さいが、円形の建物なので回りやすくて見やすく、進路が分からなくなって疲れてしまう…といったこともない。そして、どの美術館よりも明るい雰囲気に包まれている。
訪れた人は、ガラスの天井から差し込む自然光に照らされ、そのまわりの回廊をぐるりと巡るように昇りながら展示ギャラリーへと進む。
1階のメインスペースに展開されたのは、アメリカを拠点に活動する現代美術家、ウルス・フィッシャーの彫刻作品。石の彫刻かと思わせる素材だが、実は蝋でできている。蝋には実際に火が灯され、床には彫刻から燃え落ちて外れた腕などがそのまま転がっていた。
このスペースにはその他にもさまざまな蝋のオブジェが置かれている。美術館のオープンと同時に火が灯されて、6か月の会期中にゆっくりと溶けていくという仕組みだ。オープン当初の完璧な彫刻を見ることはできなかったが、徐々に崩れ落ちるその姿は退廃美を思わせる。日の当たる場所の天真爛漫な美より、朽ちていく美しさの方が優ると感じざるを得ない作品だった。しかしテーマは『無題』。ちなみにブルス・ドゥ・コメルスの開幕展は今年12月31日までとなっている。
2階のギャラリーは写真のスペース。70年代から90年代を中心に、ジェンダーやアイデンティティといったテーマを扱った6人の写真家の作品が並ぶ。そして3階では主に1950年代生まれのアーティスト13名による絵画、彫刻が展開されている。そこに描かれているのはどれも人間の顔や体といったもので、今をときめく絵画作家の作品をじっくりと見ることができる。
4階にはミッシェル&セバスチャン・ブラス親子によるカフェレストラン「アール・オ・グラン(Halle aux grain)」が。穀物取引所だったブルス・ドゥ・コメルスへのオマージュとして捧げられた名で、メニューには穀物や豆類を主役としたプレートが並んでいる。
今回、ブルス・ドゥ・コメルス美術館における最初の展覧会のテーマはフランス語で「Ouverture」。オープニングという意味で、つまりこの美術館のオープンを指すのはもちろんなのだが、目を開く、可能性を開く、開放的な、といった意味にもつながっている。
そしてそれは、フランソワ・ピノー氏が掲げる「表現の多様性を受け止め、時代の変化を自由な目で見つめながら、世代を超えて多くの人々と共有したい」という美術館設立の想いをも意味している。
また安藤忠雄氏は今回のプロジェクトについて、目的は「復活」であり、単なる「修復」とは異なる、とし、「壁に刻まれた街の記憶を尊重しつつ、新たな空間を建物の中に入れて造り出すことで、建物の内部全体を現代アートの空間に変換させた」と語っている。
500年もの時を超えて、新旧の建築物が向き合う緊張感のある光景は、他のどの美術館でも見られないかもしれない。
ブルス・ドゥ・コメルスは、新型コロナウイルスが完全に収束する前の開館となったが、いま美術館をオープンするということは、デメリットだけではない。これまで経験できなかった「地域住民の視点に立つ」という利点があり、観光客が完全に戻ってくる前に、時間をかけて改善を計ることもできる。そしてもっと人々に親近感を持ってもらうための取り組みもできる。
世界中から美術好きが集まってくる頃には、ブルス・ドゥ・コメルスはより魅力的な美術館となっているだろう。それほど遠くない所にはポンピドゥーセンターやルーブル美術館、ピカソ美術館といった偉大な美術館も存在する。ブルス・ドゥ・コメルスのオープンをきっかけに、パリの美術館群はさらに活気づくに違いない。(大)