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パリ最新情報「フランスの救急病棟が危ない。この夏、『最悪な状況』が訪れる恐れ」 Posted on 2022/05/31 Design Stories  

この夏、フランスは深刻な医療従事者不足に見舞われそうだ。Samu-Urgences de France(SUdF)(救急医療サービス協会)によると、医療従事者(医師、看護師、看護助手)の不足により、現在、救急サービスを行う国内120箇所で活動制限が余儀なくされている、もしくは、その準備をせざるを得ない状況にあると訴えている。これは、救急医療サービスを行っている公共・民間合わせて約620箇所ある救急サービスのうちのほぼ2割に相当する。「40〜50%の救急医不足」「夜間当直医師が3人から2人に」「ベッドの半分が閉鎖」など、問題は山積みだ。

このままこの医療従事者不足に何も手を打たなければ、医師たちが有給休暇をとるこの夏、フランスは過去に類をみない「最悪の状況」を免れられなくなるようだ。救急医療協会は「このような緊張感を経験したことがない」と警告している。

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すでに、ボルドーやパリ近郊の病院などでは、医療チームの人手不足のため、救急医療サービスへの受け入れ規制が行われている。特に、夜間、多くの救急サービスが部分的に閉鎖せざるを得ない状況にあるという。
パリ郊外の病院に勤める緊急医の友人Aに話を聞くと、自分以外にインターン医師が1人いたりいなかったり、フランス語がままならない外国人医師が配属される場合もあり、結局、夜間の救急病棟をたった1人でこなす日もある、という。

現在、法律では24時間勤務をした救急医は、翌日1日休まなければならない。それは医療ミスを防ぐ上で絶対条件なのだ。しかし、十分な医師がいないため、医師が休むと救急病棟が機能しなくなってしまう・・・。
友人Aの勤める病院には近隣の救急病棟がこの医師不足で閉鎖に追い込まれ、その皺寄せも容赦無くやってくるという。
そんな悪環境にA氏は、「この状況では体力だけでなく、医療ミスをしてはいけないというトラウマやストレスで精神的にももたない」と、国を訴える決断に至ったのだそうだ。
このまま法律を変えなければ、フランスの緊急システムは間違いなく機能不可能な状態になってしまうだろう。

では、解決策はあるのだろうか?

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まずは、医療従事者の労働条件や給料の見直しが挙げられるが、それに加え、数年前からフランスの救急医たちは、多くの国が行っている「救急サービスの受け入れ規制」を主張している。患者の選択をしなければいけなくなるが、受け入れを規制をすれば、最も重症な患者に集中できるのは間違いない。
医師らは、「まず、『救急サービス=24時間、誰でもいける、無料』という、フランス人が持つ意識から見直さなければならない。救急病棟はAmazonではない」と、強く訴えている。
フランスは24時間受け入れ体制の公共救急医療サービスがたくさんあり、それは素晴らしいことだ。しかし、現実的にその全てを補う予算はなく、仏政府は、コロナ禍以前から全国で地域に4箇所ある救急病棟を1箇所にまとめるといった、大幅な救急サービス縮小作戦にでていたのだ。

それに加え、ここ30年の間に医師が余るほどいた時代から医師が足りない時代になってしまったという背景もある。医師たちは、「昔の救急医は80時間寝ずに働き、家族にもろくに会えないまま、65歳で過労で逝く、なんてことが普通にあった」と話す。しかし、今は誰もが他の職業の人々と同じように働きたいと思っており、それは当たり前の権利である。今あるこの状況は、誰もがこういった仕事への意識の変化を想定しなかった、”甘え” のせいだと分析される。

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「足りないなら雇えばいい」と簡単に言う人もいるが、その「人」がいないのだ。
医師が扱うのは人の命。決して誰もがなれる職業ではない。実際に、どの救急病棟も医師の募集をしているし、ボーナスもある。それでも「人」が見つからないのだ。この点に関しては、フランスの医師養成システムの疎かさも挙げられており、中途半端に育ったフランス人学生インターンより、すでに医師免許をもった低賃金の外国人医師を受け入れ、応急処置をしている状況なのだという・・・。
救急医たちは「誰も緊急病棟の改善案を提案しない、誰も本当の解決策を持っていない」と嘆く。

コロナで浮き彫りになった救急病棟の逼迫だが、コロナに始まったことではないこの救急病棟の悪環境は、コロナが落ち着いても変わらない。今、フランスの救急医療は大きな分岐点にいると言える。

日本でも、2018年から働き方改革関連法による、時間外労働の上限が導入されており、2024年4月からはその上限が医師にも適用される。
深刻な医師不足アラームは決して対岸の火事ではないのではないか。(み)

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