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パリ最新情報「パリジャンが愛するグレーの屋根、無形文化遺産の座を逃すも存在感を増す」 Posted on 2022/06/11 Design Stories
去る4月、フランス文化相は2022年のユネスコ無形文化遺産候補としてバゲットを登録申請したと発表した。
フランスの食文化を代表するバゲット。これが選ばれたことに異論を唱える者はいないだろう。しかし最終選考に残った他の候補も、大変に魅力的なものばかりであった。
それは「パリの屋根」、そしてフランス東部アルボワの「ワイン祭り」の二つだ。特にパリの屋根については、長いあいだバゲットとその座を競い合っていたという。
パリのルーフトップは今、かつてないほどの賑わいを見せている。
お洒落なレストラン、バー、カフェがこぞって屋上に集まっており、庭を持たないパリジャンはそれに追随するように上へ上へと向かう。
パリに本社を構える一流ブランドの多くは自社ビルのルーフトップに秘密の庭園を抱えており、そこで働く人の癒しになっているともいう。
つまりこのグレーの屋根は、パリジャンが選ぶ「パリで好きなものランキング」のリストに常に名が上がるほどの人気者なのだ。
パリの屋根がなぜここまで地元パリジャンのハートを射止めるのか、無形文化遺産としてどれほどの文化的価値があるのか、あまり知られていない情報をここでご紹介したい。
パリの屋根が全てグレーで統一されていることにお気づきだろうか。
グレーといっても、正確には亜鉛製のライトグレーと、スレート(粘板岩)のダークグレーのユニークな組み合わせだという。
マドレーヌ寺院やオペラ・ガルニエの屋根に限っては銅で出来ており、淡いグリーングレーをしている。これは銅が長い時間をかけて変色したためだ。
19世紀半ば、パリの街は非常に不衛生であった。家畜は放し飼いにされ、汚水はセーヌ川に垂れ流しにされ、細い道には悪臭が立ち込めていた。
不衛生が原因でコレラが大流行したため、ナポレオン3世がパリ改造を計画、当時のセーヌ県知事オスマン男爵を責任者として選んだ。
パリの建築がオスマン建築と呼ばれるのは彼の名前に由来する。
オスマン男爵は都市景観へ大変なこだわりがあったという。屋根素材の多くに亜鉛を選んだ理由には、「青みがかったグレーに反射する光が美しい」というのがあった。
さらに亜鉛は安くて軽く、当時の絶対的なモダン性を象徴する真新しい製品だったそうだ。(今でもフランス人は新しくてカッコいいという表現に“モダン”という言葉をよく用いる)
ということで亜鉛のグレーは、フランス首都の変化と洗練への欲求を表したものであった。
こうしてパリの屋根は、オスマン男爵によって比類ない輝きと魅力が与えられた。
また亜鉛は扱いやすくどんな形の屋根にもフィットしたため、それに呼応するように職人たちの腕も上がっていったという。
パリの屋根が無形文化遺産の候補となった背景には、200年以上も市民が景観を保つ努力を惜しまなかったこと、そして屋根職人たちの高度な技術があった。
現在パリの屋根職人は、希少価値が高まりつつあるフランス職人芸の一つとなっている。
パリの屋根はこれまで、本、絵画、楽曲とさまざまなアートシーンに登場してきた。
今ではこれだけを撮影するフォトグラファーが現れたりと、若い世代の方がより愛着を持っているような印象も受ける。
グレーの屋根はどんな季節にもどんな天候にも美しく映える。しかし一番「らしい」と思えるのは、やはりそれが冬の曇り空と一体化した時だろうか。
今年は残念ながらユネスコ無形文化遺産の最終候補とならなかったが、これほどまで地元パリジャンに愛される屋根だ。選ばれるのは時間の問題、といって差し支えないだろう。(オ)